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コーヒーカップを触ると、ひんやりと冷たい。そのまま手に取って啜れば、冷めたコーヒー特有の味がした。
「おいしくない……」
思わず顔をしかめると、視界の端に見覚えのある色が映る。
「あれ……?」
窓からは世界政府の敷地内と、少し出たところにある海辺が見えるが、その砂浜にコートを翻しながら海を眺めているクロコダイルが居た。
明け方の穏やかな海の潮風が、彼の葉巻の煙を踊らせ、コートをはためかせ、そしてナセにも届き前髪を揺らす。
クロコダイルはこちらに背を向けているので、どんな表情かは分からないが、後姿がとても絵になっていて、ナセは窓枠に頬杖をつき、その姿を見つめた。
「サー……クロコダイル……」
何故だか胸がどきどきする。
それは何だか鬱陶しくてナセは頭を振り、不味くなったコーヒーをもう一度啜る。拍動の理由を考えるのも面倒で、まだ寝足りないんだとぼんやり思った。
「サー、早く戻って来てね……」
ナセはそう呟き、窓から離れてベッドに入り目を閉じる。と、すぐに眠りの世界へと堕ちていった。
「――、」
クロコダイルは、ふと名前を呼ばれた気がして振り返る。
そこから自分の部屋が何処にあるかはすぐに分かった。窓を開け放している部屋は一つだけだったからだ。
「……戻るか」
最近の会議の行き詰まり具合からして、きっと今日にはセンゴクが会議を閉会すると宣言するだろう。と、歩き出したクロコダイルが口角を上げたのは、やっと会議から解放される事にではなく、あの窓の部屋に眠るナセの寝顔を思い出したからだと云う事は、彼しか知らない。
マリージョアからアラバスタへ戻る日が来た。
連日の会議はやはり意味を為さず、半ば無理やりに纏められた報告書が、甲板の上のクロコダイルの手元で風になびいていた。
「下らねェ時間を過ごしちまったな」
自分で呟いた言葉に、そうだとも云い切れないのもクロコダイルは分かっていた。ここへナセと来る事で自分に何らかのプラスがあった気もしない訳ではないのだ。しかし、それは何となく認めたくない。
「フン……」
咥えた葉巻に近づけると報告書はチリチリと燃えてゆく。小さくなる紙切れを風に任せて投げ捨てると、まだ船に乗り込んでいないナセを見下ろす。
ナセは中将・つると何か話しているようだ。その後ろには他の七武海の姿が見えるが、ナセと挨拶は済ませたのか、さっさと船に乗り込んで行く。
「……」
その様子を眺めつつ首を振っていると、サー・クロコダイル様! と後ろから声を掛けられる。
「何だ」
振り返らずとも、この軍艦の海兵であろう。
「準備が整いました! 大佐より直、出航するとのご報告です! では!」
ザッと敬礼し、海兵は素早く自分の配置に走り去って行った。
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