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クロコダイルはそこまで云うと椅子から立ち上がり、ベッドから離れ、部屋の隅にあるポールハンガーにコートをバサッと掛けた。
傍の窓から見える景色はいつの間にか夜で、どれだけ会議やらに時間を割かれているのだろうと嫌気が差す。そして何だか落ち着かずに、葉巻を吸おうかと胸ポケットを探る――と、トンと腰元に何かが触れた。
「……何をしてる」
見ずとも、ナセが自分の腰に抱き付いているのが分かる。
「……」
黙ったままのナセは、ぎゅ、と顔をクロコダイルの背中に押し付けていて、その温もりが彼の心臓をぐらぐらと揺らした。
「……ナセ、離れ」
「サー」
言葉を遮ぎられたのに、ナセのくぐもった声で、ドキリと息を飲んでしまう自分に心の中で舌打ちする。
「あのね……一緒に、寝て……?」
最初、クロコダイルはナセの言葉の意味が分からなかった。なので反応出来ずに居ると、ナセは拒否されたと思ったらしく、サッと離れてしまう。
「だめ?」
「……どういう意味だ」
思わずそう尋ねたクロコダイルに、ナセは小首を傾げる。
「どうって……そのままの意味だよ」
クスッと笑うナセは少し元気が無さそうに見えたが、自分を見上げる無邪気な瞳は変わらない。そして、そこに大人の色香がある事も。
「ね、一緒に寝よう! そうだ、くまさんに聞いた聖書のお話、教えてあげる!」
そう云うと、ナセはタタッとベッドへ戻って潜り込む。
シーツを捲り、一人分のスペースを空けて待っている姿は、どう見ても誘っているようにしか見えないのだが、本人はまるでそんなつもりは無いのだろう。クロコダイルはハァァ……と重い溜め息を吐いた。
「……ンな事――」
出来る訳無ェ、と云いたいところだったが、ここで首を振ったら、またナセはしょげてしまうだろうし、それはクロコダイルも見たくなかった。
部屋にはベッドが二つあるが、どちらも二人で眠るには充分なキングサイズだった。身長のあるクロコダイルも快適に眠れるベッドは気に入っていたが、こんなものを用意した政府が今は憎く思われる。
迷いながらナセを見れば、その髪は枕に流れて、それが窓から入る月明かりで一層艶めいて見え、ベッドに横たわる首筋から鎖骨のライン、少しヨレた服から覗く肩に、クロコダイルは目が釘付けになってしまう。
「サー?」
自分だって男なのだ、ナセに手を出したくても出さずにおこうと決めているのに、何がどうしてこんな試練になってしまったのか。
「……」
だが、断る事も出来ない。
「あァ……! 分かった、少し待ってろ」
意を決してクロコダイルはベストを脱ぎ、コートの上に同じように掛ける。そしてゆっくりベッドに近付くと、最後の迷いなのか抵抗なのか、眉間の皺に手をやり、少しの間の後にガバッとベッドに入った。
「サーと一緒に寝るのなんて初めてね」
無防備なナセは、ベッドの中でクスクスと笑う。
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