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「娘、ナセと云ったな」
 ナセが頷くと、ミホークは“開いていただけ”の本をパタンと閉じた。
「座るがいい、ナセ」
 ミホークに促され、ナセはニッコリと微笑んだ。座れと云う事はここに居ても構わないと云う事だろう。
「チェスは出来るか」
「チェス? ええ、凄く好き!」
 すると、ミホークは何処からかチェス駒を出し、テーブルに置く。さっきは気付かなかったが、テーブルの上にはチェス盤が置かれていた。
「チェスをやるの!?」
 ナセの目が輝くのを見て、ミホークはフッと笑いながら駒を並べていく。
「本を開いているのにも退屈していたところだ。おれの暇つぶしに付き合うがいい」
 暇なら会議に出ろとセンゴクは云うだろうが、ミホークの知った事ではない。それに、今はいい遊び相手が部屋へ迷い込んできたのだ。これをみすみす逃してしまうのは惜しいくらいの娘だ、とミホークは鋭い眼を細める。
「ふふっ。こう見えても私、強いんだから」
 挑戦的なナセの笑顔に、ミホークは満足そうに頷いた。
「いいだろう……このおれと勝負してみよ」
 ミホークの言葉を合図に、ナセは細い指先で白のポーンを掴むと怪しく笑った。



 ――聖書は良い、心が落ち着く。
 静かな昼下がり。部屋にはカーテンが風に揺れる音と、パラリとページを捲る音が心地良く流れている。
 今日は朝早くから会議があった。なるべく早く片付けたいのもあるのだろうが、センゴクが大はりきりだったのも理由だろう。昨日何かいい事があったのかもしれない。そう云えば、珍しく鷹の目も定時に席に着いていた。
 まあ、誰がはりきろうが無意味な話し合いに過ぎないのだが――。
 そんな事を思っていると、静寂を破る控えめなノックの音が響く。
「……」
 この心地良い時間を邪魔する者は何処の輩か、と溜め息を吐くと、聖書を閉じて小さな椅子から腰を上げた。
「あ! くまさん、バーソロミュー・くまさんね!?」
「……?」
 そこに居たのは予想外の人間であった。
 栗色の髪の娘は、くまを遥か下から見上げて笑ってみせる。
「お前は何者だ?」
 くまは六メートル以上も身長がある上に図体もデカい。海軍の人間でも普通は慄いたりする筈なのに、この娘はニコニコと何処か嬉しそうである。
「私? サーと……クロコダイルと一緒にここに来たの、ナセって云います」
「クロコダイルと……?」
 くまは、先日の中将・つるの話と、会議中ソワソワと落ち着かないクロコダイルの事を思い出した。
 ――そうか、この娘が……。
 ナセと名乗る娘は、話し相手を探している目をしてこちらを見上げてくる。

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