105<完>
「おれを許せ、ナセ……」
 その仕草に胸は飛び跳ねたが、降ってきた声の弱々しさと思いがけない言葉にナセは目を見開く。
「何云ってるの……? 私がサーを許すとか許さないとか、なんにも無いでしょうっ!?」
 アワアワと慌てるナセに、クロコダイルは手元はそのままで目を伏せた。
 ナセは元は良家の娘。そしてアラバスタに居る間でも、ミス・オールサンデーもクロコダイルも、彼女を箱入りのように暮らさせていた。
 暗躍する秘密犯罪会社の事務所に住んでいるのにも関わらず、計画や犯罪をまるで知らずに過ごしていた彼女を、今や“立派な犯罪者”にさせたのは、社長である自分なのだ。
 しかし、それを気にする素振りも見せず――否、その手を汚す事を一番躊躇ったのは勿論、ナセ自身だろう。けれど、クロコダイルの許しを得る為、力になる為にと決心した事に、ナセはまるで迷いを見せなかった。
 クロコダイルはナセを全てに巻き込んだ事に、責任を感じていないわけではなかった。海賊であり、“七武海”であり、秘密犯罪会社の“ボス”の隣に居る事で、ナセは危険な目に遭ってきた。
 けれど、彼女がクロコダイルを責める事は無い。そして尚、自分の傍に居たいと云うのだ――クロコダイルは掴んだ髪にキスをした。
「クハハ……気にせず黙って許しを請われていろ。だがな、おれァ……守りてェもんは自分の手で守ると決めたからな」
 自分自身に云い聞かせるようにそう云うと、いつかのように、ナセを左腕で抱き上げた。
 普段ならば身長差があり過ぎる二人も、今はクロコダイルがナセを若干見上げている。
「ふふっ……でも私、強くなったと思うの。戦うのも、そうじゃない事も……でしょ?」
 抱き上げられて子供のように無邪気に笑うナセは、クロコダイルのほつれた髪を後ろへ流し、そのまま首に手を回した。
「……フン、そうだな」
 “強くなった”より、“逞しくなった”と云う方が合っている気がしたが、女性にはあまり適切ではないと分かっているクロコダイルは鼻で笑うだけだった。
「ナセ、耳を貸せ」
「ん?」
 ナセは首を傾げつつ、こちらを見上げてくるクロコダイルへ屈んで耳を近付けた。
「一度きりだ、よく聞け」
 その耳に唇を寄せ、低く深い声でクロコダイルは囁いた。
「……愛してる、ナセ……」
 少し掠れた低音が、頭からつま先を震わせ、ナセを幸福感で充たしていく。
「私も……っ、クロコダイル……――!」
 考えるより先に口から出たナセの言葉に、クロコダイルが満足げに笑う。
 それを見て、泣きそうになりながら微笑んだナセの顎をクロコダイルがそっと掴むと、二人はどちらからともなく唇を重ね合った。
 その長い長い口付けは、二人の擦れ違いと離れていた時間を埋めるように、そして“愛しい”という想いが溶け合い一つになるように続いた。



「――さすがは海賊かしら……」
 互いが心に嵌めていた枷を外し、砂漠で想いを確かめ合う様子を、レインディナーズの屋上から見守っていた美女が寂しげに呟いた。
(私が拾ったのに奪われてしまったわね……けれど、最終的には彼が拾った事になるのかしら?)
 そんな事を思いつつ、クスリと笑ったミス・オールサンデーは、腰掛けていたバナナワニ像の足元から立ち上がった。仕事へ戻る為に屋上のドアへと向かう。
 その去り際、“ロビン”はふと振り返り、砂漠のワニに皮肉と笑みを贈った。
「“プルトン”なんかよりよっぽど――ステキな宝じゃなくて……?」
 作戦名・ユートピア。
 彼が欲していたものは確かに、砂の国で眩しく輝く宝物だった。



 END.

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