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「……――あァ、そうだ……!!」
 クロコダイルが苦渋の決断のように頷けば、ナセの胸が熱く痛み、さらさらと涙が流れてくる。
「っ……わ、たしを……傍に、置いてくれる……っ?」
 続く問いかけにも、クロコダイルは深く頷いてくれる。
「……あァ……!!」
 ナセはクロコダイルの胸に抱きつき、彼の橙色のベストを濡らす。
「うっ……ふ……う、……サァ、っ……!!」
 それをクロコダイルはしっかりと受け止めた。
 己自身の許しを得たクロコダイルの腕は強くナセを抱き締めてくれたが、それは緊張が解けた酷く優しい温もりだった。
 その事に気付けば涙も嗚咽も絶えず、それでもナセは肩を震わせながら、くぐもった声を搾り出す。
「ッ、ッわた……しの、名前……また呼んで、くれる……っ?」
 コードネームではない自分の名前。
 自らを戒めるため、ナセもまた自分の名前を封じてきた。
「…………」
 クロコダイルはキツく抱き締めていたナセを少し離し、ナセの頬にそっと手を添えた。
「う……」
 真正面から見つめられ、涙でグシャグシャになっていたナセは顔を背けようとする。
「ナセ」
 しかし熱を帯びたその声に名を呼ばれ、心臓が鷲掴まれてしまう。そして誘われるように、もう一度クロコダイルを見上げた。
「……ナセ……」
 クロコダイルはナセの涙を追うように、目尻に、頬に、名と共に小さなキスを落としていく。
 それは心地良く、ナセの涙は自然と止まっていた。
「ナセ……」
 ふいに、クロコダイルが親指を唇に這わせ、ゆっくりと近付いてくる。
 だが、ナセは寸前で彼の名を呼んだ。
「……何だ」
 明らかに不機嫌を滲ませ、顔を離したクロコダイルにナセは苦笑しつつ、彼の胸元のスカーフに顔をうずめた。
「私を……許してくれる……?」
 再び言葉が震え、止まった筈の涙が目の前に溢れてきてしまう。
「……私のせいで怪我した事、ずっと謝りたくて……ごめんなさい……っ」
 クロコダイルは生きている。それに怪我の後遺症も無ければ、直接計画に支障をきたしたわけでもなかった。
 それでもナセは自分を責めつづけた。そのせいで彼の傍に置いてもらえなくなったと思っていたのだ。
「何を云い出したかと思えば……」
 クロコダイルは肩をすくめる。
「だって……私が約束を破ったから、私を庇う為にサーが怪我をしたでしょう? お礼も云えてなかった……ありがとう、サー……」
「……」
 ナセは黙ったままのクロコダイルの胸に、頭を預けて目を閉じる。
「あの時、私の事嫌いになったよね……計画の邪魔に思ったでしょう? だから、私はウイスキーピークに行かされちゃったけど、でも資金集めも計画にも少しは貢献出来たと思うの……。だからもう、嫌いにならないで――」
 また“ここ”から引き離されたら――もう二度と、あんな絶望感は味わいたくない、と小さくしゃっくりを上げる。
 そんなナセの頭を、クロコダイルは溜め息を吐きながら、あやすようにポンポンと撫でた。
「まだ分からねェのか? おれがお前をミリオンズとしてあの島に送った本当の理由が……」
「……え? ほ、本当の理由……!?」
 クロコダイルが呆れるように云った言葉に、ナセはバッと顔を上げた。
 その反応を可笑しく思ったのか、彼の口角が上がる。
「……フン。まァ分からねェならそれでもいい。ただ、ほとんどがお前が考えているような事じゃァ無ェ」
「え? う、うん……えっ……うん?」
 ナセは意味が分からず、頭の上に“?”を浮かべる。けれど、いつもらしく不敵に笑うクロコダイルにホッとして、とりあえず頷いた。
 すると、クロコダイルは何とも云えない表情を見せ、まだ濡れているナセの頬をそっと拭い、柔らかな髪を手に取った。そして、その手を自分の口許へ持っていく。

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