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「……ッ、クソ……!!」
 恐怖の次に感じたのは、大きな温もりだった。
「……さ……?」
 ナセはクロコダイルに抱き締められていた。
 鉤爪に抱きついたままのナセを抱き込むように右腕が回され、華奢なナセの肩は、熱を持つ右手に掴まれている。
「クソが……なんつーザマだ、おれは本当に……」
 その腕がわなわなと震え、ナセの体も揺れた。
「っ、サー…………」
 息が詰まりそうなほど、キツく抱き締められながら、ナセはふと思い出す。
(あの……サーって呼んでもいい?)
(……構わねェ)
 盛大な溜め息と共に、許してもらった呼び方。
(こうしてりゃァ、はぐれずに済む……お前を一人にする事も無ェ)
 自分を引き寄せ、抱きとめてくれ、安心させるように云ってくれた。
(つまり、私は“連れて歩いてもいい”って事?)
 その言葉には仏頂面を返されたが、わしゃわしゃと頭を撫ぜてくれた。
(お前、おれとマリージョアへ行くか?)
 いつもなら蹴る筈の召集を、自分に世界を見せる為に受け、アラバスタの地下から連れ出してくれた。
「サー……っ」
(心配……か。確かにそうかもしれねェな)
(おれが行かずに、誰がお前を守るんだ?)
「っ……」
 クロコダイルの温もりと葉巻の香り――ルークの攻撃を庇い、抱き抱えられた時と今が重なり、ナセは鼻の奥にツンとしたものを感じた。
 いつでも、大切なものを扱うようにそっと触れてくれていた。
 ぶっきらぼうでも、その言葉は自分を優しく包んでくれた。
 常に険しい表情を浮かべるクロコダイルが、ほんの僅かだがそれを緩め、自分を見つめてくれていた。
 共に過ごした時間は短くとも、クロコダイルが自分に向けてくれた温もりは忘れなかった。それは疑いようのない事実なのだ。
 そして、それは今も変わらない筈だと――自惚れてもいいだろうか?
 クロコダイルがくれた言葉を、仕草を、表情を、信じてもいいだろうか?
「……、……っ」
 クロコダイルは黙ったままだった。まるで自分の中の感情と戦うように、抗おうとして、従おうとして、苦しそうに口許を歪ませている。
「サー……?」
 きっと彼からは言葉にしない。それがクロコダイルの最後のプライドだと、ナセは察していた。
 ナセを抱き締める事が自分への大きな裏切りだとしても。最後までそれを告げないだろう。
(前も……“心配してくれてるの?”って私が云ったんだっけ)
 ならば、自分から訊ねるしかない。
(ここまで自分を裏切ってくれたんだから、少しだけ自惚れるよ……?)
 クロコダイルを掴む為、もう何も怖れる事はないのだとナセは目を閉じた。
「サー、あのね……私の事……大事……?」
「ッ!!」
 クロコダイルの右手に力が入り、掴まれている肩が痛んで、ナセは思わず小さく呻いた。しかし、彼はその手を離そうとはしない。
 その脳裏には “信じるべきは己のみ”と云う自らの信条が浮かんでいた。それは消えることはない。けれど、固く閉じた己の錠を一つだけ解いてもいいのなら。一つだけ己を許すのなら。

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