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「…………」
サラサラと砂が風に撫で上げられ、細やかに舞う。
遠くの方で、レインベースの喧騒が聞こえる。
「…………」
アラバスタでミイラと化した者は少なくない。
砂の王国に相応しい死に様で、それはいつしか砂になる。
ナセもそうして砂になり、時に“砂嵐”となって舞い上がる――。
「…………」
――けれど、いつまで経ってもその乾きは与えられない。
「……サ、ァ……?」
掠れた声を漏らしながら、ナセは閉じた目をゆっくりと開く。
クロコダイルの背に太陽が見え、自分に影ができていた。
そして気付く――彼の右手が震えている。
「その名で呼ぶなと……云ったはずだ……!!」
苦しいのはナセの方なのに、クロコダイルこそ苦しげな表情で、そう叫んだ。眉間に皺を寄せ、鋭い視線がナセを刺す。
「っごめんなさ――」
「おれの正体を知った者は完全抹殺……それが社訓だ」
被せられた言葉に、ナセが口を噤む。
「……っ」
もう一度、クロコダイルの右手に力が入る。
「……だが――」
しかし、乾きを与えるその手はナセの首から勢い良く離された。
「お前を殺せねェのは、何故なんだ……!!!」
「――!?」
クロコダイルの息を切らせた言葉に、ナセは彼の手から離れた自分の両手を握りしめ、目を丸くする。
名を呼ぶ事もはばかられ、どうしたらいいか分からず、額に手を当てるクロコダイルをただ見つめる。
「おれはお前を消しに向かった。なのに、何故おれは……っ、お前の名を呼んだ!? こんな、たかが小娘一人……ミイラにするなんざ容易い事だろうが……!?」
クロコダイルの自問自答に、ナセは信じられない思いを抱く。迷いもせず、悔いもしない筈のサー・クロコダイルが、自分で自分の感情に翻弄されているのだ。
「…………っ」
不意に、ナセの脳裏に、ルーレットで思い描いた位置にボールが落ち続けた時の事がよみがえる。
考えるより感性のまま、レイアウトにチップを積むように、ナセは意を決した。
彼が迷っているのなら――ここに、今賭けるしかない。
「サー!!」
呼ぶなと云われたその名前を構わず呼び、クロコダイルの左腕に抱きついた。
「ッ――!?」
「私、サーが好き、大好き……! 本当はここで死にたくなんかないの……っ、サーの傍に居たいっ……ずっとずっと、サーの傍に居たいの!!」
ナセは叫ぶように思いの丈をぶつけた。
それがナセの本当の気持ちだった。
死にたくなんか、ない。
想えば、息苦しいほど胸が痛い。
こんなに恋焦がれる、クロコダイルの傍に居たい。
「……っんの野郎……!!」
クロコダイルの額に青筋が浮かび、ナセを凄まじい怒気と恐怖が襲う。それでもナセはクロコダイルの腕から離れようとはしなかった。
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