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「でも、もう……お別れだもんね」
 頭の中は酷く冷静だった。アラバスタに戻って来た時から、こうなるかもしれないと云う事は頭の隅に置いてあった。
 ナセは砂漠をさくさくと進み、クロコダイルに近付く。
「…………」
 クロコダイルはゆっくりとした動きで、ナセの方を体ごと向いた。
 二人が向かい合う事も久しぶりだった。
 クロコダイルが見下ろす先には、少し伸びた栗色の髪。それよりも深い色をした瞳でクロコダイルを見上げるナセの表情はとても澄んでいた。
「私を……消しに来たんでしょう?」
 岩場にクロコダイルが現れた時に、自分に会いに来たわけではない事くらい分かっていた。
「アラバスタに戻って来ちゃってごめんなさい……やっぱりダメだよね。計画の邪魔になっちゃうもの」
 それはミス・オールサンデーも危惧していた事だった。
 秘密を社訓にしているバロックワークスにおいて、自分の正体を“知っている者”など、社長にとっては厄介の種、邪魔なだけである。しかも、副社長であるミス・オールサンデーとは違い、平社員である自分を生かしておく価値は無かった。ただ少し強いだけ、ただ少し任務の遂行能力が高いだけ。
 それでもクロコダイルの傍で力となりたかったナセは、それを承知でアラバスタでの任務を受けたのだ。――例え、その事に気付き、鬱陶しく思ったクロコダイルが抹殺を決したとしても。
 クロコダイルに近付いたナセは、両手を伸ばし、彼の右手にそっと触れた。
「――!?」
 思わず振り払おうとするが、ナセの小さな温もりがそれを拒み、ギュウと握られる。
 嫌ならば砂になり放せばいいのだが、ナセの手は海楼石でも何でもないのに、何故か砂にさせてくれない。
 無意識に息を止めているクロコダイルを、ナセは躊躇いがちに見上げた。
「今まで私……“ミス・ロビン”として役に立てた? 私を……庇ってくれた恩返し……出来た?」
 背中の傷は癒え、消えた。しかし、腕に長剣を刺し回された傷は未だに残っている。
 その痛みはもうとっくに感じなくなった筈なのに、クロコダイルの左腕はズキリと痛んだ。
 ナセはクロコダイルの答えを待たず、薬指以外の指に指輪がはめられた右手を静かに持ち上げ、自分の首に当てさせた。
「ッ、何を――」
 クロコダイルの声は掠れていた。
「消すのなら、ここで――“アラバスタ”で砂にして欲しいの。砂になって、この砂漠で……サーの事を、サーの計画を見守らせて、ください……Mr.0……」
 そう云ったナセの声も、クロコダイルの右手に添えられた手も震えていた。
 クロコダイルの大きな手に、ナセの首は細すぎた。水分を吸収するまでもなく、少し力を入れただけで折れてしまいそうなその首からは、ドクンドクンと脈拍を感じる。
 それでようやく、クロコダイルは自分が掴んでいるものと、その意味を認識し、自分が何の為にミス・ロビンを探しに事務所を出たかを思い出した。
 ――消せば、“消える”。
「……お前の働きは大したモンだった。よくやってくれた」
 滅多に口にはしない労いと賞賛の言葉に、ナセはとても嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ……っ、ありがとう、ございます……っ」
 苦しそうな声を紡ぎ、目を閉じる。その目尻から雫が一筋、頬を伝い――首を掴むクロコダイルの右手に吸収された。
「ご苦労だったな、ミス・ロビン……――!!」
 クロコダイルは重々しく呟き、右手に力を入れた。

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