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夢の町――レインベース。
人の欲望と水が溢れ、賑やかで煌びやかな街も、一歩出てしまえば乾いた砂漠が広がっている。
一際目立つ、バナナワニを冠したカジノ“レインディナーズ”は、その砂漠からでもよく見えた。
そして、そのカジノの経営者――サー・クロコダイルは、心地の良い砂の乾きを肌に受けながらそこに佇んでいた。常に葉巻を咥えている彼だったが、今はその口許は一文字に結ばれている。
「…………」
彼の数歩後ろには、ナセが俯き加減で立っていた。太陽がジリジリと照りつけるが、あまり気にならなかった。時折砂が舞い、その度にこちらへ背を向けたクロコダイルのコートがひるがえり、視界に入ってくる。
胸が苦しくなって、手をギュウッと組むと爪が甲に食い込んだ。
「…………」
クロコダイルに促されてここへ来たのが随分前の事のように思える。
サンドラ河の岩場で、スキュア海賊団がバロックワークス、そしてクロコダイルとぶつかり合い、結果としてスキュア海賊団は全滅、船長であるスキュアはミイラとなった。
それを見届けたクロコダイルに、「レインベースの“外”に行ってろ」と云われ、社員に気付かれぬよう、そっと岩場を出た。レインベースの東側に位置するサンドラ河から砂漠へはすぐだった。
きっと護衛隊の到着を待ってからあの場を離れるのだろう、とナセは思い、負傷した肩の手当てをしつつクロコダイルが来るのを待っていたのだ。
「…………」
クロコダイルがここへやって来たのは数十分前だった。しかし、彼は一言も声を発さなかった。
岩場で突然名前を呼ばれ、再会した時とは違い、この暫くの沈黙がナセを冷静にさせていた。浮かれたり考え込む時間などもはや要らず、彼が自分へ下す判断に全てを委ねようと、強く組んだ手をフッと解いた。
「――ミス・オールサンデーに云われて、ここへ来たのか」
それを察したかのように、クロコダイルが重い口を開いた。
やっと声が聞けて、ナセは少し安心し、小さく息を吐く。
「ううん……自分の意志で……。ミス・オールサンデーはむしろ止めようとしたの。でも私が頼み込んだから……」
“私を昇格させて欲しい”と頼んだが、“まだ時じゃない”と一度は首を振られた。
「――何の為にだ」
けれど、ナセの強い意志を汲んで、ミス・オールサンデーはアラバスタへと呼び戻してくれた。
自分がそこまで強さを求め、危険な任務を求める理由。それは――。
「ボスの為に、ボスの計画の為に」
それだけが生き甲斐と云っても、ナセにとっては過言ではなかった。それだけの為に、手に硝煙の香りを染み込ませ、血を見て犯罪者と成り下がってきたのだ。
「…………」
力強く響いたナセの声は、一年前、二年前のそれとは殆ど異なっていた。勿論、社員となる前も、その瞳には硝子のように繊細で、けれど割れない強さの色が浮かんでいたが、それと今の声色は違っていた。
クロコダイルは、何故かそれに気圧されるような気がして、内心で舌打ちをする。
「……最初はね」
しかし、次にナセが発した声は昔と似た、年相応ではない幼いもので、クロコダイルは思わず首を横にやり、ナセを肩越しに見た。
ナセは自分の足元を見ている。
「最初は、ただ“サー”に会いたくて。強くなれば必ず戻れるって“姉さん”に云われたから、それを信じて任務をこなしてたの。死にたくないからじゃない……強くなればきっと会えるって、強くならなきゃ、“貧弱”なんかじゃサーの傍には居られないんだって必死になってた」
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