07
「……なあに? クロコダイルさん」
 首を傾げたナセに、自分の息がかかる距離まで顔を近づけたが、全く動揺しない様子に少し苛々する。
「……」
 そして暫く経っても、ナセはキョトンとしたままだった。
 クロコダイルは諦めて、自分を抑えるように小さく息を吐いた。
「その“さん”って云うのをやめろ」
「――“さん”?」
「“クロコダイルさん”なんて云いやがんのは、アラバスタのバカ共だけで充分だ」
 ナセから苛立ったように離れると、持っていた葉巻の続きをふかす。ナセはまだ意味が分かっていないらしく、眉間には皺が寄っている。
「……クロコダイルさん、て呼ぶなって事?」
「そうだっつってんだろうが」
 忌々しげにそう返すと、ナセは何か納得出来ないのか、ウウと唸る。
「何だ」
「……だって、そんな事でいいの?」
「そんな事、じゃねェ。おれはそう呼ばれるのが嫌いなんだ。いいな、もう呼ぶな」
 そう云って、クロコダイルは自分で自分が可笑しくなった。
(七武海であるおれの云う事が“さん付けすんな”だと? 馬鹿か、おれは)
 自嘲のように鼻で笑うと、クロコダイルは葉巻を潰してソファから立ち上がる。
「おれはこれから中断した仕事の続きをする。もう邪魔するなよ」
 すぐ傍の机に向かうと、椅子に座って書類の続きに目を通し始めた。
「あ、あの!」
「あ? 今度は何だ!」
 何故だかむしゃくしゃして振り返ると、ナセはソファから立ち上がって居た。
「うん、あの……サーって呼んでもいい?」
 苗字の呼び捨てじゃなく愛称として、と少し顔を赤くしてそう云ってくるナセに、クロコダイルは盛大に溜め息を吐く。
「……構わねェ」
 そう云って書類の方へ意識を戻すと、タタッと部屋を駆けてく音がして顔を上げた。
「何処へ行く、ナセ」
「お仕事の邪魔にならないように部屋に戻るの。またカジノに行こうね、サー!」
 ナセはニコッと笑うと、云い逃げするように部屋を出て行った。
 クロコダイルは少し反応に遅れたが、胸は性懲りもなくざわついている。
「……仕方の無ェ野郎だ」
 果たして“それ”は誰に対してか。
 部屋に鳴り響いた電伝虫を取りながら、クロコダイルは無意識に口角を上げていた。




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