たとえ、それが同じ愛じゃなくても
「はぁはぁはぁ……ッ」
息を切らせ走った。走って走って走って、目の前に押し付けられた現実に愕然とした。
遅かった。全て遅過ぎたんだ。
包み込むように掛けられていた魔法が溶けるように消えていく感覚に私は焦り、姿くらましした。
着いたそこは、まだ交戦中真っ只中だった。周りに見向きもせず駆ける抜ける私に、誰かが声を掛けたが私の耳には届かない。
根拠のない確信を感じる場所に、あの人のいる場所に私は無我夢中で駆けた。
息も整わないまま、膝から力が抜けたように傍らに崩れ落ちる。
「……ねぇ、起きて」
動かないそれに私は震える手を伸ばした。
「セブルス……、セブルスッ!セブルスセブルスセブルス!」
揺すっても名前を呼んでも、もう応えてはくれない。
「あ、あ、あぁああああ!」
あなたは逝ってしまった。
ヴォルデモードが消え長い長い戦いが終った。城は哀しみと歓喜が入り交じり疲れた表情の中に笑顔が見えていた。
皆、傷を癒し互いに讃え合っている中、広間に黒ずくめのマントを被った人間が現れた。
その姿に一瞬その場は息を呑む。ある者は杖を持ち、あるもの恐怖を抱く。
ハリー達三人は率先して前に出た。黒ずくめの人間と対面するように。そしてハリーは、その人が抱えている人物に目を見開いた。
「その人をどうするつもりだ」
「……どうするつもり?」
聞こえてきたのは鈴の音のように儚い声。女性だということにハリーは眉間を寄せた。
「あなたは……」
フードを外した女性を見、何人かの人物が動揺した。しかしハリーには彼女に見覚えが全くなかった。
「その人は僕達を守ってくれた大切な人だ。返してもらおう」
「大切な人?返す?……フフッ、何を言っているの?」
彼女の顔付きが変わった。ハリーを真っ直ぐ見据えたその瞳は強く、そして怒りと哀しみに燃えていた。
「ねぇ、見たんでしょ?この人の全てを」
「……」
「何て思った?」
「……」
「生涯を掛けてたった一人の人間を愛し、その愛する人が死んでもその想いは変わらず!そして愛する人が愛した子供を護り!そして……ッ、そして最期は無惨にも蛇に咬まれて死んだのよ。……なんて滑稽なのかしらね」
「なっ……ッ、セブルス・スネイプを馬鹿にすることは許さない!」
ハリーは下ろし掛けていた杖を再び上げて突き付けた。
「……あはは。そうね、一生振り向いてくれないと分かっていながら、実の兄を愛してしまった私が一番滑稽ね」
そっと彼の亡骸を下ろし、彼の手を祈るように胸に組んだ。
「ねぇ……兄さん。兄さんは満足した?愛する人の子供を護って死ねて。ねぇ、応えて……ッ、応えてよっ!」
ハリーは、もう杖を構えていなかった。その場にいる誰もが亡骸にすがり付く女性を、ただジッと見つめていた。
嗚咽だけが響く空間に、彼女に声を掛けたのは思いもよらない人物達だった。
「……ッ、ルシウス、ナルシッサ」
ナルシッサは、ぼろぼろと涙を流す彼女の肩を抱いた。
「兄さんは最期の最期まで私を愛してはくれなかった!」
「それは違う。セブルスは君を愛していた。たとえ、君と愛の形が違おうとも」
「う、う、うわぁあああ!」
悲痛なほどの泣き声に城は哀しみに包まれた。
恐怖は去った。無くしたものは多く、得たものはない。皆は再びこの世を去った者に嘆いたのだ。
「許さないから」
「え」
「私は、あなたを許さない」
「ちょっと!ハリーは……」
彼女の言葉に反応し前に出たハーマイオニーをハリーは押さえた。
「ハリー・ポッター。あなたは、これから先、兄さんの分まで幸せになるの!恋人と手を繋いで、抱き合って、キスをして、結婚して、子供を作って、父親になって、歳をとって、孫ができて、お祖父ちゃんになって、そして最期は笑って死ぬの」
「……」
「兄さんができなかった全てを、兄さんがずっと独りぼっちで生きてきた分を、あなたが背負って!許さないから!幸せにならないと、許さないから!」
誰かの幸せを、これほどまでに切に願ったことはあるだろうか。
私は兄を愛した。私の世界には兄しかいなかった。
たとえ兄が一生私を愛さなくても、あの兄が私だけに向けてくれる穏やかな笑みが私を満足させてくれた。
愛の形は違った。
でも、私が彼を愛して、彼が私を妹として愛してくれていたのは、私が一番よく知っている。
「ルシウス……」
「どうした」
「私も幸せになれる?兄さんが、セブルスがいない世界で、私は笑えるかな」
眠ったように穏やかな彼の頬を震える手で包み込んだ。
「……あぁ、きっと」
ルシウス・マルフォイは目を閉じ彼女を抱き締めながら涙を流す妻の背に手を置いた。
はたして自分は、この先幸せな人生が歩めるのだろうか。最後の最後に主に背いたのは妻と子を愛していたからだ。
この二人を、そして旧友の愛した妹を、自分が犯した罪にかけて守ると誓おう。
愛のカタチ
それは多種多様であり、唯一のものである。
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