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死へ誘うは、神か、人か

もういい加減終わりにしようと思ったのは、些細なきっかけだった。今までもっとインパクトのある分岐点があったにも関わらず、私はとても臆病で、当たり障りのない安全な道を選んできていた。なのに、なんで今になってそこでと自分自身でも呆れるぐらいな些細なことだった。が、積もり積もった結果でもある。

人間とは、単純な生き物だ。そして、それが存外私にも適応されたのだ。

社会でいうところの立派な大人だ。社会人としても中堅、おばちゃんにはまだ若いじゃないのーと言われ、歳下には独立した大人の女(独女)と思われ、同世代にはそろそろやばいよねと囁かれ、親には結婚だ孫だと責め立てられ、会社ではこれからどうするのかと詰問される。

うんざりだ。

これから?これからって何さ。この歳になってまだ進路相談があるのか。

学生時代の私はここで終わりだと思っていた。大学受験、就職活動、社会人。義務教育を終えて、高校にも通い、専門学校に進み、手に職を持ち、ちゃんと就職して、ちゃんと働いて。なのに、まだその先を私に求めるというのか。

もう、本当にうんざりだ。

私はもう大人だ。学生気分の抜けない似非社会人でさえもない。お酒も飲む、煙草は吸わないと言ったら嘘になるし、吸ってると言っても嘘になる。煙草如きでもこの中途半端さ。笑える。

あと一月で、三十歳を迎える。三十だ。この世に生まれ落ちて三十年も息をして生きをして。そして、今私に何があるかと振り返れば。

あぁ、何もないじゃないか。

指の間からするすると零れ落ちていくのは、幸福たどか、愛だとか。私は何一つ掬い上げることができないらしい。

本当に、些細なことだったのだ。

でも、その瞬間「あ、もう無理」そう思って崩落していくのはあっという間だった。だから。


「審神者になって頂きたい」


突然訪ねて来た顔を布で隠した巫山戯たサラリーマンにそう言われた私は躊躇なく頷いていた。

今、この世界から逃げ出せるなら何処だって良かったんだ。

人間の話も狐の話も、右から左へ。狐が喋っていること驚くこともせず。自分の感情どこへ旅立った。


「審神者様!審神者さまぁあ!?聞いておられますか!?」


千本鳥居を抜けた先に、一際立派な白い鳥居があった。曰く、ゲートだそうだ。

わぁわぁ喚く狐を一瞥し、私は鳥居へ一礼して俗世にサヨナラをした。





髄分と私にはお似合いなところだと思った。


「我らに主はいらぬ、去ね」

「は?私にだって貴方はいらない」


必要とされたかった。いつかは、私も誰かに必要とされる人間になるんだと思っていた。なのに、現実はこれだ。愛も、恋も、神さえも私をいらないと宣う。

必要ないなら斬り捨てたら良いじゃないか。ほら、一思いに殺してみろよ。お前は、神なんだろう?人間を殺めることなんて簡単なんだろう。私一人消えたって世界は何も変わらないさ。変わらず時間は流れ、世界は進む。


「ほら」


両手を広げてみせたのに、神は私を殺してもくれないらしい。がっかりだ。まだ私は息をして生きをしなくてはいけないらしい。


「朽ちて死ねば良いのに」


神へ宣ったのか、自分自身への言葉なのか。





「審神者様、審神者様は最初からそのおつもりだったのでこざいますか」


期待外れだった刀剣男士らなんぞ視界には入らないとばかりに素通りし、暗雲立ち込める本丸内を当ても無く歩く。その後ろを管狐のこんのすけが、しゅんと耳も尻尾もへ垂らせて付いてくる。


「別に。ただ、私は思ったから言っただけ」

「それは、人の世ではとても生きにくいのではございませんか?」


生きにくい?まさか。言えば良かった。もっと、あの時あぁしていれば、あの時伝えていれば。そんな後悔ばかりだ。人の顔色ばかり伺って、意とは反することにも従って。臆病で。本当、生きにくかった。


「人間の世界だろうと、妖の世界だろうと関係ない。どちらにせよ、私には生きづらいよ。神様は、とても平等で非常なお方だから」


神は平等である。富める者にも貧しい者にも、健やかな者にも病める者にも。それが運命だとばかりに、ただ何もせず見守られていらっしゃるのだから。

あぁ、神は非情だ。

それが運命ならば、どんなに願っても祈っても泥沼から這い上がれはしないのだから。伸ばした手を誰が掴んでくれようか。沈みゆく人間を、神はどんな顔で眺めているのか。そんな人間など、頬杖付きながら欠伸でもして「飽いた」などと宣ってるのだろうか。

そんな神など、死ねばいい。


「審神者様、どちらに向かっているのですか?」

「当ても無く」

「ならば、本殿へ向かいましょう」


提案した狐に足を止め、その愛らしい姿を見下ろした。狐は、人間みたいに困ったような微笑を携えて私を見上げていた。


「人の世に戻るつもりもないのでしょう。この本丸はこのような有様でございますし、政府もすぐに出陣せよとは申しますまい。本殿ならば、少なくとも雨風は凌げます」

「.....うん」


今にも降り出しそうにぐずってる空を見上げて、私は小さく頷いた。いっそ大泣きして欲しいと思った。空が泣きじゃくれば、私も泣けるかもしれない。

先ほどまでとは反対に、私が狐にくっ付いて歩く番だった。「足元をお気をつけ下さい」やら「こちらでございます」と度々振り返りながら私を気遣う狐は出来た奴である。

私がいなくなってないか、心配なのかもしれない。


「こちらが審神者様の私室になります。執務室と続きになっておりますが、まぁ、そちらの説明は後日でよろしいでしょう」


器用に前足で襖を少し開き、その隙間に頭をグリグリと押し当てて開けようとしている狐。小柄な体は不便そうだ。手を伸ばし、襖を開いた。つっかかりもなく、軽く開いたそれに少しばかり驚く。


「ありがとうございます」


ささっ、こちらですと尻尾をフリフリしながら中へと入っていく狐に続く。襖の向こうは青い畳が広がっているとばかり思っていたが、良い意味で外れた。現代人の嗜好にそって設計されたのだろう。フローリングのような人工物ではなく、一昔前の板の間というのがまた存在感がある。


「どうぞ、お寛ぎ下さい」


目の前に立派なソファーがあるのに狐はどこからか座布団を咥えて引っ張り出してきた。その上にちょこんとお行儀良く座る。

あ、自分用のお寛ぎグッズですか。

私はいかにも座り心地の良さそうな革のソファーに座ることにした。腰を下ろした途端に埋まった体。これは良いものだと、狐が勧めた通りに寛ぎモードに入る。

靴を脱ぎ靴下も脱ぎ捨て、ごろんと横になれば手足を伸ばしても悠に有り余る広さ。息を吐き、目を閉じれば自然と眠りに誘われた。


「審神者様、傷付いた心の持つ貴女様ならば、刀剣男士様の心も癒すことができましょうぞ。願わくば貴女様の御心も」


こんのすけも、そっと瞼を下ろした。次にこんのすけが起動するのは、彼女が霊力を取り戻し目覚めた時だろう。


「こんのすけめは、貴女様のお側におりますぞ」


一人の女と、一匹の狐が長い眠りについた。





事が起きたのは、ほんの数分前のことである。こんのすけに伴って本殿を目指している道中、枯れた木が目に付いたのだ。枯れてさえいなければ、さぞ立派な神木だと思い足を止めていた。


「これは、何の木?」

「桜でございます」

「桜」


あまり桜は好きじゃなかった。春のうちは綺麗だが、青葉がつく頃には毛虫が降ってくるからだ。それに、その美しさに魅了され人間が群がるのも鬱陶しかった。桜も良い迷惑だろう、静かに咲き誇らせろなんて思っていないかなどと勝手に妄想していた。


「この桜は、本丸の真髄でございます」

「真髄?」

「この桜がこれほどまでに枯れているということは、この本丸が朽ちているという証、といえば良いでしょうか」


なるほど。私は、じっと枯れた桜を見つめた。あの話は好きだ。桜の下には死体が埋まっている。人間の血を吸い上げ、彩やかに色付く。寓話であろうが、そうかもと思わせる言葉は尊い。

この桜がこの本丸の姿を表しているというならば、この桜が満開に咲けば本丸は綺麗になるのだろうか。そしたら、ここの刀剣男士らも回復するのだろうか。

興味半分だった。三十年余り共にしてきた体に霊力があるなどと突然言われれば、そんなの半信半疑も良いところだ。が、自分に力があるならば使ってみたいと思うのが人間だ。魔法や超能力に焦がれて何が悪い。

私は恐る恐るその太い幹に手を添えた。途端に、どくりと心臓が拍動する。触れたそこから生きているぞと主張する桜。あぁ、この木はまだ生きたいのだ。ならば。


「どうぞ」


こんな死にたがりので良ければ、存分に喰い散らかして下さい。

私は両手を付いた。どうやれば良いか、何をすれば良いか、頭が理解する前に体が知っていた。


「審神者様!?何を!?」

「よく見ておいて。これが人間の悪足掻きだ」


悶え苦しむのは人間の特権だ。嘲笑いたければ嘲笑えば良い。滑稽だと罵れば良いさ。人間は嫌いだ。でも見苦しくも生に縋る人を私は。


「うっ、あ、あぁあああ!!」


痛みを知ってるだろうか。肉体的な暴力、精神的な暴力、悪意あるそれ。しかし、一方的に与えられる過ぎる思いも、温かさも、時には耐え難い暴力と同等のものである。それを、私は知らない。そして、彼らは初めて知るのである。

無条件な愛ほど、残酷なものはないと。





死へ誘うは、神か、人か。
(赤き門を叩く。叩いて叩いて叩いて、それでもまだ叩く。あぁ、気付いた時には、我も赤の一部となりて)


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