てのひらで踊る
プリマ・バレリーナ

ふよふよと漂う髪の毛は随分と細いように見える。阿近の言う非腐敗溶液が薄緑色のせいで髪の色が分からない。その溶液よりは濃い色ということしか分からねェ。

「また来たんですか?」
「悪いかよ」
「引き取り手がいない上に、場所を取る維持装置と非腐敗溶液を使ってるんで、来てもらった方が甲斐はありますよ」
「引き取り手なぁ…」

腐敗を進行させない為の維持装置、非腐敗溶液に浸かっている女。俺が血だらけでいるところを拾ったのは半月前だ。髪の色さえも血で染まり、乾ききって黒ずみ、色の認識は出来なかった。

「髪は」
「言うなよ」
「ハイハイ」

阿近が女の傷を治し、身なりを整えた時、俺はいなかった。拾った女を次に見た時はもう、維持装置の中にいやがった。

「名前はなんスか?」
「さァな」

阿近が何でもないように聞いてきたが、俺も分かんねェ。

硝子一枚を隔てた中に眠る女。何に惹かれたとかそういう訳じゃねぇ。全く知らない流魂街の女だ。見たところは最近、副隊長に昇進した朽木ルキアぐらい。分かっているのはそれだけだ。


「声を聞きたくないですか?」
「こいつのか?」
「そう」

阿近はそう言ったが、実は聞いたことがある。こいつを拾ったその時、降りしきる雨が酷かった。けど、「だれ…?」ボソリと呟いたこいつの声が聞こえた。

掠れてたから聞いた、聞こえたってほどじゃねェ。だが、どことなく縋るように感じられた。雨で冷えた手が俺の首筋を掠めた。あの感覚は忘れようがねェ。

と、阿近が暫く前の請求書を研究員に持ってこさせた。いつもよりは少ないが、最近のは一つ一つの単価が高い。給料日が近かったな…。

三枚、四枚…。奥歯が二回とあとは…。奥歯の請求書をよけた残り二枚は目の前で眠る女のためのものだった。


「目ェ覚ますように取り計らってくれ」
「局長行きかもしれないですよ?」
「上手くやれよ、それぐれェ」
「手間賃貰いますよ」

敬意を払う意味での言葉尻じゃないせいか。阿近の言い草にちっとばかし、苛つく。このことを手に取るかのように分かっていやがるのも阿近だ。

そこそこに払える金額を請求してきた阿近は白衣を撫でつけて、欠伸をした。目の下の隈はいつものことだ。

「頼むわ」
「コレにも青空を拝ませたいと?」
「さぁな。色、付けとく」

奥歯二回分の楽しい楽しい喧嘩の報酬が今月、入る。こういう時しか出来ねぇからなと笑うと、楽しみにしてますと笑う阿近。そろそろ戻るわとその部屋を出たところで鵯州と擦れ違った。



「流石に言えないのか、阿近?」
「鵯州―――逃げ出した実験体でした、実は義骸ですってか?お前言えるか?」
「無理」



梅雨休みってやつか。久しぶりに晴れた空を見上げてみりゃあ、気分が良くなる。この女がさっさと目ェ覚ませば最高なんだがな…。

独特の空気から逃れるように俺は弓親の待つ十一番隊舎に急いだ。


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