飲み込む黒

アイツはいつも浮いていた。元々色が抜けている肌に人工的なフェイスパウダーを使っていたから俺は毎日ビスクドールの隣に座っている気分だった。髪は黒く、長く、唇も黒と赤を混ぜたような色の口紅を使っていた。校則は緩いし、俺に媚びるような女もみんな化粧をしていた。けどアイツだけは違った。毎日誰のためでもなく時間をかけて化粧をし、夏でも黒いタイツを履き、休み時間では夢野久作や中井英夫を読む。そんな女だった。最初に席が隣になると聞いた時は嫌だった。俺は授業を真面目に受けるし、別にクラスで部活仲間と積極的に話したかった訳ではなかったが、アイツの隣だけは嫌だった。得体の知れない物を隣に置きたくなかったのだ。

でも、俺は見てしまったのだ。部活帰りに忍足に無理矢理連れて行かれたライブハウスで。観客の前で揺れているアイツ 。腐食しているガーゼを縫い合わせた、胸と腕の露出が多い長い黒いドレス。遠目からは黒い生き物がうねうねと動いている様にしか見えなかった。でもアイツだって分かった。それからだ、アイツの隣に座るのが妙に誇らしくなったのは。

残暑が残る中、あの席だけが汗と脱力感を免れていた。その日は、ファンクラブの女が休んだから俺とアイツで日直をする事になった。アイツが黙々と日誌を書いている中、俺はあのライブでアイツが唄った曲を鼻歌で奏でた。一気にこっちの方に振り返った。でも俺は目を合わせなかった。

「どこでその歌を聞いたの?」

「お前って意外とステージ映えするんだな」

事情を分かったらしく、ぼうっと俺の顔を見た。口から覗く歯が白く艶かしかった。その時、俺の影でアイツの顔は黒に飲み込まれた。黒い髪、黒い陰。俺はアイツの唇を閉じた。
            *

顔にChacottのフィニッシングパウダーのクリアをまぶす。舞台専用のメイクだから夏でも崩れなくて、初めて使ったその日から私のフェイバリットとなった。目の輪郭にはVivienne Westwoodのランプブラック、アイシャドウは我慢してANNA SUIのマスカラを使う。機嫌のいい日は下睫毛にUrban Decayの紫色のマスカラも一緒に。唇はANNA SUIの真っ赤な460とMARY QUANTの黒のX-08 を混ぜ合わせて赤黒く仕上げる。

学校に行く為の定例儀式。ライブの時に比べるとずいぶんと薄くて物足りない。けどこれ以上遊んだら注意されてしまう。本当はクラスのちょっと派手目な女の子の方がしっかりと化粧をしている。只、男と化粧をしない女はその違いなんて分からない。大事なのは何処にどれだけの色をつけているか。

その日は跡部君と一緒に日直だった。私は跡部君が好き。だって人間は性格じゃなくて結局は見て呉れだもの。彼の顔の造形は私を幸せにした。だからその綺麗な顔から私の歌が奏でられるのを聞いて驚いた。

覆い被さっていく黒い影。彼の柔らかいのが私と一緒になった。私から離れていく彼。唇は黒に飲まれていた。


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