逃走録
「泡子!一体、何なんだ!」
俺は今、後方から追いかけてくる剣道着姿の女子から逃げていた。
「うるさーい!真田、あんたっ、あたしを馬鹿にしてんのっ!?」
クラスメイトの発言に心当たりはなく、ぎりぎりと奥歯を噛んだ。
(えぇい、ままとなれ!)
埓が明かないのは、性分ではない。反射的に逃げていた俺は振り返り、問い質そと立ちはだかった。
「っは、はぁっ…惚けようったってそうはいかないんだから!」
肩で息をする泡子に、剣道部とは言えやはり女子かと納得。
(うむ、少々目に余るがな)
「俺には見当がつかない。一体、何の話だ」
「一昨日、あ、あたしに抱き着いてきたじゃないのっ!」
「なっ!何を言うっ!俺はそんなたるんどることなどせんわっ!」
「ウソ!お陰であたし、学校来れなかったんだからねっ!」
ビシリと指を突き付けられ、泡子の昨日の休みの理由を知る。
(違うと言っておろうが!)
「お二人とも、騒がしいですよ」
背中越しに掛けられた声の違和感に気付くが、今に関しては問題はないだろうと判断。
「柳生!真田がね、真田があたしに抱き着いておいて知らないって!」
「泡子!」
「おやおや。真田くんもすみにおけませんね」
(やはりっ!)
「仁王貴様、俺に成り済ましただろう」
少しだけ声音が変わるという癖を知らせてくれたのは、中学時代の選抜の時に柳生から。
案の定、仁王は柳生の姿のままプリと言い出した。
(柳生の姿で言うな)
「第一、俺が泡子などに抱き着くと思うのか」
「真田ァァ!いい加減にしなさいっ!責任取ってよねっ!バカー!」
問題はあった。
「今、言ったのは仁王だ!俺ではないっ!」
柳生の姿をした仁王は俺の声で、しでかしてくれた。
(仁王!)
袴をたくしあげる姿にはしたないと思う隙も与えないのは、やはり剣道部でも指折りの選手ということか。
その日、俺は朝練にまともに参加出来ず、柳生の姿をした仁王を説教する間もなく朝練の時間を終えてしまった。
(たるんどるっ!)
更には、泡子が教室にいる間も睨み、殺気をぶつけてくるので同じクラスの丸井に慰められた。
(飴でもやるか)
部活の時間には、泡子の部活はどうしたと言いたくなったが、追いかけてくる泡子にそんなことを言う暇もなく。
夫婦漫才?と真面目に聞いてきた幸村に、説教しようとしたらば、傍にいた泡子が真っ赤な顔で走り去っていた。
(何なのだ?)
理解に苦しむ一日だったが、とにかく仁王を捕獲した柳生には感謝しようと思う。
(真田スゲェ睨まれてたんだぜぃ)(真田に怒られたよ)(仁王くん)(プリ)
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