心友と15歳の初夏


「え、真田くんの誕生日って今日なの?」
「そうですよ」

隣席のやぎゅーこと柳生比呂士は栞を挟み、読んでいたハードカバーを仕舞った。

ぬかった!
非常にマズイ!

普段からあたしと真田は、喧嘩友達、父と反抗期の娘状態。下手をするとどころか、女として見られていないだろうし、誕生日なんて乙女的に素敵なイベントに気付かないとは。

「秋っぽくない?」

妙な意地を張ってみれば、やぎゅーはクスクスと笑った。

「そうですね。もう、昼休みですから帰りにでも声をかけてあげて下さい」

寂しがってますから、とやぎゅーが指差す先には、教室の後ろのドアから職員室で用を済ませてきた真田。

「やぎゅー、あたし、鳥なの」
「その場合のトリは鶏、chickenですよ」

噂によるとやぎゅーの友人である柳も英語の発音は良いらしい。違いは分からないけど、やぎゅーの発音は綺麗なんだと思う。

それより…

真田は人気がある、とは言えない。けれど、隠れて真田を好きな子は沢山いるんだとやぎゅーに教えてもらった。

その時、泡子さんは真田くんのことをお好きでしょう、だって。やぎゅーは紳士ですよね。紳士は心を暴いていいんですか。やぎゅーは心の友なので良いんです。

「一人で漫才ですか」
「いや、やぎゅーもしてた、脳内で」

「そうですか。おや、真田くん、どうしましたか」

ハードカバーの代わりに取り出した単語帳を片手に、あたしの相手をしていたやぎゅーの眼鏡がキラリ。反射しただけだけど。そこには、真田。

「日下部先生が呼んでいた」
「ありがとうございます」

え、行くの?
仕方ないか
掃除の時に相談しよう


「泡子」
「何?」

今日は何かしただろうか。

どうやら真田の目に留まるように、スカート丈を弄ったり、軽く化粧をする女の子たちがいるらしい。ところがどっこい、あたしは違う。単純に、暑いからスカート丈を弄るんだ。

「泡子の誕生日はいつだ?」
「え?8月だよ」

「む、そうか…」

あれ、これってチャンスじゃない?勢いにのって聞けばと思い、まずはやぎゅーの席に座らせる。

訝しがる真田は怖くない、怖いのはこのチャンスが潰れること。やぎゅーより体格の大きい真田に、妙な違和感。

「やぎゅーとは違うね」

思わず言ってしまった。

すると真田は、ぴくりと口の端を上げて、恐らく彼なりの笑顔を浮かべた。前言撤回、真田の作った笑顔も怖いです。

「座れと言っておきながら、なんだ。それ程に、俺を喧嘩を売りたいのか」
「違うよ。強いて言うなら、スキンシップ?」

我ながら馬鹿だと思うけど、他に出てこない。でも、これも服装違反する女の子と変わらないのかと思ったり。テンション下がる。


すると、真田は徐に腕を伸ばしてきた。反射的に、肩を竦めたけど、行き着く先はあたしの頭。

「スキンシップとはこういうことだろう」

恥ずかしそうに頭をグシャグシャ掻き混ぜる真田に、やっぱり女の子に免疫ないんだと思った。

てことは、あたしは論外?

それなら、もう気にしないで言ってみよう。そして、女の子扱いされないあたしは、草葉の陰から真田の恋愛を見守ろうではないか。

「真田の誕生日はいつ?」

手を止めた真田は、今日だがと言って手を離した。行き場のない手を精一杯の勇気で、掴んでやった。

「誕生日、おめでとう!万歳、15歳!」

あたしがそう言うと、珍しく真田はクスクスと笑い出した。その笑い方は、あたしの心友やぎゅーの特権ナリ。あ、やぎゅーを狙うにおーになってしまった。

「いや、悪いな」

それはあたしを笑ったことなのか、祝ってくれて気を遣ってくれてという意味なのかは、あたしには分からない。

だって、真田じゃないし。

「笑って悪い。いや、幸村の想像通りに動くのだな、泡子は」

「ゆっきー?」

ゆっきーこと幸村精市は、あたしの心友だ。巷では、黒いと言われているがそんなことはない。おっとりしているくせに、お茶目で悪戯っ子で、テニスでは違うけど。黒魔術、使えないよ。てか、何故にゆっきー?

「何で、ゆっきー?」
「そうだな。それを話す前に、俺は泡子に言わねばならんことがある」

「はぁ?」

この前借りた消しゴムの返却か。返すタイミングを逃して、早一週間。ひどいやつだ、あたし。


真田は深呼吸をして、辺りを見回すと、あたしに向かい合うように言った。きっちりと真田とあたしが向かい合う様は、異様じゃなかろうかと思う。

「うむ、俺は泡子が好きだ。だから、お前に祝ってもらうにはどうすべきか、を幸村に相談したのだ」
「え、好き?あたしが真田を?真田があたしを?」

「おい、落ち着け」

少し顔を上げるようにしているものだから、背中が痛い、姿勢が悪い。

それより、真田があたしを好きと。

「泡子とは喧嘩友達でまるで反抗期の娘と五月蝿い父親と揶揄されるが、俺は違う」

じゃあ、さっき恥ずかしそうにしてたのは、慣れないことしたからじゃなくて、あたしも女の子だから。

「なんだ、何かあるのか?」
「さっき恥ずかしそうだったのは、あたしが女の子だから」

「当たり前だろう」

フンと鼻息を鳴らす真田には、さっきの面影が全くないのだけれど。

それは。

「あたし、草葉の陰から真田が他の女の子と付き合うのを見守らなくてもいいの?」

「草葉の陰とは、墓の下やあの世を意味するのだが。全くそんなつもりはないぞ」

ということはだ、論外と考えていたあたしが論外で。

真田はあたしが好きで、あたしも真田が好き。

ゆっきーは真田の気持ちを知ってて、やぎゅーはあたしの気持ちを知ってて。

あ、

「もしかしなくても、テニス部に駄々漏れ?」
「それより、返事はくれんのか」

ムスッとした真田に、あたしは精一杯、応える。


「真田が好き!」

やぎゅーに感謝しなくちゃねと考えていたけど、帰りは一緒に帰れるかと尋ねる真田に頷いて、やぎゅーに報告しなくちゃと思ったりで。

とにかく、胸いっぱいの5月21日となった訳で。


「さーなだ!」
「泡子」

これが、15歳の初夏です。


心友と15歳の初夏
Happy Birthday!
真田弦一郎



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