デート


付き合い始めて最初の誕生日を迎えたのは真田のほう。どうせなら、私が良かった。そうしたら、何をプレゼントすればいいか参考になるのになぁ、なんてさ。こんなに悩むのは久しぶりかも…。


ある日の休み。私は真田ではない人に会いに行った。

「柳!」
「弦一郎へのプレゼントの相談か?」
「話早いねぇ!」

結婚式の準備で忙しいと小言を言うわりに、会いたいと連絡を取ったら快諾してくれた柳。それも、結婚式場へ行く合間の一時間ときた。大学時代は随分とお世話になったものよね。特に、在らぬ噂の仁王編とか。それはさておき。

柳行きつけのカフェは私の勤める会社のすぐ近くにあった。ドアベルをカランカランと鳴らして入ると、クラシックのBGMに茶と渋い緑が基調の落ち着いた店内。こういう雰囲気、好きだな。

そわそわと落ち着かない私に柳は「好きだろう」と笑った。まるで、私が子供みたいじゃないの。


「弦一郎は何でも喜ぶよ」
「それじゃ困るの」
「ふむ…。ならば、デートでもしてやれ」
「デート?」
「していないだろう」

図星だった。真田と付き合い出したのは三月。私は繁忙期を乗り越えたところで再会を果たしたけれど、すぐに年度末で決算。真田は真田で教員だから、新学期に向けての準備と春休み中の部活。

で、四月は新学期で忙しい真田。新入社員の指導を任された私。会う暇を作ろうとはお互いにしなかった。私の休みは基本的にバラバラ。真田の土日は部活。仕方ないでしょ。

そこまで話すと呆れたと言わんばかりの大きな大きな溜め息。注文したアイスコーヒーを一口含んだ。

「連絡も週一か?」
「残念、二週間に一回くらい」

柳は自分の予想が外れた上に、有り得ないと眉をひそめた。どうやらまともな答えではないらしい。私もそうは思う。

前に付き合っていた人とはマメに連絡は取っていたし、デートもした。なにぶん、私のこと好きなの?という思いに駆られていたからだろうなぁ。

「とにかく、弦一郎に会ってやれ」
「会えるなら会いたいよ」
「ほう」

しまった。言ってしまった。あちゃあ、と額に手をあてると柳は「理解したよ」と開眼した。久しぶりに見る柳の目は真田と違う意味で鋭く、背筋が自然に伸びた。

「会いたいこともお互いがお互いの思いに不安などないことも理解したよ」
「なにそれ…」

甘い言葉にひくつく口角。私なんて自分の台詞が痒くて仕方がない。本音は本音だけどね。

「俺からのアドバイスはデートだけだな」
「高校生じゃないんだから…」
「年齢など関係ないさ。それと、結婚式には招待するつもりでいる」

柳は私の返答など待っていなかった。優雅に伝票をヒラリと取り、席を立った。満足をしたのは私じゃない。柳だ。何の為に…。

端から見ても分かるぐらいにふて腐れてやる。ドアベルが柳を送り出したのを確認してから、携帯を鞄から探し出す。

聞いてみよう…。



真田に連絡を取ったら、珍しく土日が休みときた。何でも、武道場の業者清掃とメンテナンスらしい。時期的にテスト関係はと聞いたら、大丈夫だの一言。

電話で声を聞きたかったけれど、向こうの都合もあるし。ほんの少し、寂しいと思った。柳にはお互いが不安にならないというのを理解した、なんて言われたけれど。寂しいって真田も思ってくれてたらなぁ。急に、真田に会いたくなった。



後日、柳の言う通りにデートをすることに。約束を取り付けた時は寂しいなぁともやもやしていたのに、約束の時間が近付くにつれて浮足立つ。まるで高校生みたいに!いや、最近の子はませてるし…。

お気に入りのブラウスにベージュのパンツを履いて、いつもより丁寧にメイクをする。髪も珍しく巻いて、一つに結ぶ。これが私なんだから。下ろせば良いのにっていう母さんの言葉は聞かない。だって暑いじゃないの。



待ち合わせの駅のロータリーでどこから真田が来るかな?とキョロキョロしていると一台の車が止まった。助手席側の窓が降りて、真田の顔。

「待たせたな」
「え、あ、車!」

移動手段が車!というのが抜け落ちていたのはそういうデートをしていなかったからかもしれない。たかだか二年、恋愛をしていないだけで…。悲しくなる。

「背もたれ立てていい?」
「構わん」

ぐるりとロータリーを抜けて向かった先は改装したショッピングモール。私が行きたいと言ったのは随分と前。覚えていてくれたのかなぁ。そう思うと嬉しくてにやけちゃう。

「そのだな…」
「なに?」
「ショッピングモールへ行く前に武道具屋に寄りたいのだが」
「いいよ?」

同じ方面ならば早めに済ませたいのだ。視線は前方、手はハンドル。当たり前だけど隙のない格好と相変わらずの物言いに私ってば、びっくりするくらいドキドキしていた。多分、舞い上がってるんだなぁ。



「ジャッカル、仁王」
「真田じゃねぇか!久しぶり!」

私が本屋で「時来たれり!」と文庫本、ハードカバー、資料集、マンガと尋常ではない量を買いあさっていたら真田はスルリと店の前に出た。

ちらりと棚から覗くとそこには、記憶に新しい仁王と久しぶりのジャッカルがいた。ここはショッピングモールだから男二人でもなんてことはない。

が、なんで会っちゃうかなぁ…。通りがかった店員さんに本を預けて、更に目当ての本を探す。良い顔はされなかったけど気にしない。今の私は旧友と楽しそうな真田を受け入れなくちゃならないんだから!

真田をほったらかすなんて!と幸ちゃんに怒られそうだけど、とは言え、武道具屋で私もほったらかされたからお相子なのだ。

「すみません、さっき預けたんですけど…」
「はい、すぐにお持ち致しますので、少々お待ち下さいませ」

今日は真田の車で来たからいくら買っても困りはしない!奥から出てきた店員さんは顔見知りだったから、カートまでも一緒に引いてきてくれた。お客様は神様ですと言われる世の中でも頭が下がる。

「普段よりたくさんですね」
「えぇ、足があるからついつい」
「車だと気兼ねしなくていいですからねぇ」

文庫本にはカバーを弛みなく、すごい速さでかけていく。逆に新人研修のアルバイトくんがサポートをしてくれるのだが…。資料集、ハードカバーを紙袋に詰めるだけで四苦八苦。私も今年の新人を思い出した。

「ごめんなさい、いつもカバーをお願いして…」
「いいえ!泡子さんのお陰でランクアップしたのよ」

こっそりと茶目っ気たっぷりに笑う彼女が好きだから、ここへ来るというのもある。

「ありがとうございます」
「またお越しくださいませ。ありがとうございました」


重いカートを押して通路に出ると仁王はゲ!と口を曲げた。ジャッカルは私がいたことに驚いたようで、中途半端な位置で手を止めている。

「ジャッカル!久しぶりー」
「おぅ…!」

丸井よりも会う頻度が多かったのは真田がジャッカルのお父さんが開店しているラーメン屋に連れていってくれたからだ。とは言え、久しぶりは久しぶりだ。卒業してからはラーメン屋にはジャッカルがいなかったし。

「また泡子のアレじゃ…」
「あぁ…真田に聞いたことあったな」
「話したか?」
「何て言ってたの?」
「泡子の荷物持ちをしてるって」
「なにそれ?」
「間違ってないナリ…。真田が行けんと駆り出された…」


付き合っているように見えないのだろうか?


「しかし水臭いな!真田も結婚したなら言えよ!最近なのか?」
「な!」
「え…?」

「ジャッカル、おまんのそういうとこ好き」
「気持ち悪いって。あ、違うのか?」
「たわけ。いずれ結婚はするが、付き合ったばかりだ」

さも当たり前とフン!と鼻を鳴らす真田とは対照的な仁王とジャッカル。頭が働かないようだ。

「い、いつからだ?」
「もしかしてジャッカルが行けんくなったあの飲み会け?」
「そうだよ」

あっけらかんと答える私に真田は手で口元を隠す。そこを恥ずかしがってどうするのよ!とカートに寄り掛かりながら笑いを堪える。

「邪魔しちゃ悪いな…また連絡するわ」
「そうじゃな」
「また」
「またねぇ」

ジャッカルもだけど思いのほか仁王がビックリしていたことに私は驚いた。柳生くんの方が普通だったなぁ。



「買い過ぎだろう」
「ごめんね…」
「ふん、書庫紛いの部屋を一階にすべきだなと理解したぐらいだ気にするな」
「気にするよ、気が早いんだから」

俺はいつでも泡子との生活を考えているからな。珍しくからかうように真田。

カートを押すでもなく、私の手に手を重ねるでもない真田だけど。欲しい言葉より「一本向こうの道じゃない?」ってぐらいにズレた言葉をくれる真田だけど。

そんな真田と久しぶりのデートが武道具屋とか大量の本とか偏っているけど、楽しくて仕方がない!

「ご飯食べよ!」
「その前にワイシャツと靴下をだな」
「言ってたね!ごめんごめん!」

今日一日が楽しくない訳がない!
この幸せを噛み締められるのは隣に真田がいるからだ!

「置いていくぞ、泡子」
「弦ちゃん待って!」
「げ!弦ちゃん!?たるんどるっ!」


<<



prev//next
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -