分かってる


今年のバレンタインは火曜日。普通に学校がある。私の通う立海は校則が厳しいから、バレンタインの日は先生方の目が光ってる。

「だからって渡さないの?」
「だって…柳くんだよ」

昼休み、友達のチエちゃんにバレンタインのことを相談してみた。普通の日だから渡せないよね、って。渡しなさい!と持っていたバレンタイン特集の雑誌を丸めて私に突き付けるチエちゃん。

「無理だよ…」
「敷地から出れば良いんだよ」

そう一歩、学校の敷地から出ると立海生として恥ずべき行動をしないのであれば、と黙認されてもいる。

「話したことない…」
「二年で一緒のクラスだったのに!」
「私なんか話せないよ…」
「でたネガティブ」

とっくに食べ終えたお弁当箱を鞄にしまったチエちゃん。まだ残ってる私。鈍臭いし、ネガティブだし。一個も良いところないのよとチエちゃんに泣きつく。慣れたように慰める彼女に頭が上がらない。

でも、仕方がないの。あのテニス部で指折りに人気の柳くんなんだから。私がどんなに逆立ちしたって無理。勉強はともかく、運動は苦手だし飛び抜けて明るくもない目立たない女子。あ、いたなアイツぐらいの。絶対に柳くんもそう思ってる。


そうして、チエちゃんに押し切られてバレンタインだからって買ったチョコ。作る勇気がなくて、買う勇気も無い。それを聞いたチエちゃんに無理矢理バレンタインフェアの中へ飛び込まされた。帰り道、憂鬱で仕方が無い。

甘いのとビターのが半々入ってるのを真剣に選んでる姿を見たチエちゃんは、楽しそうだった。手には鞄とは別の小さな紙袋。ぐしゃぐしゃにならないようにって気をつけてるけど、渡せないってことは百も承知。自分のことは自分が一番分かってるんだから。


チエちゃんに相談をしてからある意味、怒涛のように過ぎて迎えたバレンタイン。チエちゃんは優しくて頼りになるのよーって桑原くんにチョコを渡していた。

勇者だねって尊敬の眼差しを送ったら、お姫様希望よーっておどけた。お姫様になれなくてもいい。その代わり、ちょっと幸せな女の子になりたいとチエちゃんが桑原くんに喜ばれているのを見て、実感した。

すると桑原くんが、柳じゃねぇかって廊下に顔を出す。柳くんが桑原くんに会いにくることはあるけど、何か様子が違うみたい。誰を探しているのか、キョロキョロと背の高い柳くんが私たちの教室を見渡す。

何人かの女の子が紙袋や包みを持って、そわそわ。私も机の横にかけた紙袋に触れて、そわそわ。見つかりませんように。あの女子も誰かに渡すのかなんて思われたくない。


泡子さん。私の名を呼んだ。私を探していたんだなと桑原くんに言われて、まぁなと笑う柳くん。遠慮なく教室に入ってくるけど、柳くんに向けられた視線より痛いものを背に感じる。

何かの間違いだ。自分のことは自分が一番分かってるの、と聞こえないぐらいの声で呟いた。最早、気を落ち着かせて自分の立場を理解する為の呪文になっている。

でも、柳くんは聞き逃さなかった。

「確かに、自分のことは自分が一番よく分かるだろうな。しかし、俺は泡子さんにチョコが欲しいと言えば必ず、くれるということは分かっているんだよ」
「やなぎくん?」
「そのチョコは誰に渡すんだ?」
「それはその…」
「あぁ、すまない。そのチョコは俺が貰って良いのだろう」

柳くんは俯いた私の顔に掛かる髪をそっとかきあげて、綺麗な綺麗な顔を近付ける為に背中を丸めた。良い香り…。

「待っているのだが」
「あ…えっと…」


顔から火が出るんじゃないかってぐらい恥ずかしがる私に柳くんはそっと、囁いた。去年から欲しかったんだよ、って。



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