答えは不明
仁王と片付け当番の柳生が女子に呼ばれた。とやかく言うより先に、早く戻って来いと柳生を追いやった。仁王は楽しそうに柳生の後ろ姿を見送る。
バレンタインふんふん、と隣で歌う仁王はニヤニヤとしていた。バレンタインか。甘いものが嫌いではないし、チョコレートも食べはする。しかし、何も皆が皆、チョコレートでなくてもと俺は思うのだ。そもそも、中学生がバレンタインなぞたるんどる!
「真田、顔が怖いぜよ」
「元々だ」
「チョコレート沢山じゃ。丸井は義理ばっかりじゃろな」
「そうなのか?」
興味が湧いた訳ではなくて、ただ女子と仲が良い丸井に義理が多い理由が分からん。俺とは違うだろうに。
「丸井は友達どまりじゃの。赤也は男子で騒ぐ方が好きやけぇ、貰えんの」
「ほう」
「本命率が高いのは幸村、参謀、柳生」
「本命率とは」
「玉砕覚悟っちゅうこと。幸村はまだ花ラブで女子にあんまり興味ないし。参謀の理想は高いうえに、参謀なら好きな女はすぐ捕まえるから無理な可能性高し。柳生は皆に優しいきに女子は貰ってもらえるけど…てな」
仁王は俺に説明をするが、幸村が女子に興味がないのかは定かではない。昨日、バレンタインだねぇと喜んでいたのだ。
「ほう!王子様に選ばれた女子は鼻血もんじゃの」
「そうかもしれんな」
部活では厳しい幸村だが、それは男らしいということだ。一度コートを出ると、茶目っ気のある男子でしかない。花と絵が好きないたずらの考案者。女子はギャップが良いとか言っていた気もする。
「因みに、俺とジャッカルはアイドル枠」
「む?」
「義理よりも位置づけが高いナリ。俺ん中じゃ」
「あいどる枠」
「仁王くんには渡すわよ!こういう時じゃないとね!ジャッカル?いつもお世話になるし義理なんかじゃもったいないから少し奮発する?みたいなー?」
女声をつくった仁王は体をモジモジとさせる。女子とはこういう生き物か。よく分からん。
一年が集めたボール篭をしまい、彼等が畳んだネットをコートのベンチまで取りに行くと仁王が俺の肩を叩く。お前もか。半ば呆れ気味になるのは仕方あるまい。
「おまんが呼ばれちょる」
「俺だと?」
嵩張るネットを抑えつけて後ろを見ると、去年同じクラスだった泡子がいた。去年より髪は伸びている。
「真田くん」
「なんだ」
俺も馬鹿ではない。泡子が持つ小さな紙袋の意味やモジモジとする様はバレンタインだからだろう。言い得て妙だが、試合前より緊張するのはやはり俺も男だからソワソワしていた。
「去年、渡せなかったの」
でも今年はね!と紙袋を差し出す泡子。可愛らしく包装されている中が見えて、急に恥ずかしくなる。
「ありがとう」
「ううん。来年は同じクラスになれるといいな」
泡子は口元を両手で隠し、息を吹き掛けた。その手には手袋などなく、赤くなっていた。手袋は無いのかと聞けば、なくしてしまったと。これが赤也ならば、たるんどる!と言うところだが、泡子を相手に言うほど馬鹿ではない。
「気をつけて帰るように」
「うん。ありがとうね!」
コートの裾から覗くスカートを寒いだろうに翻し、日が落ちようとしている今は泡子の足と靴下が妙に印象的だ。
週明けにでもお返しをするか。手袋は何色が良いのだろうか。さっぱり分からんが、泡子の「真田くんへ」という字を見ると、精一杯選ばせてもらおうという気持ちになる。
泡子は何色が好きか。はて、彼女と話した内容は?去年の泡子や廊下で擦れ違う泡子を思い出しては、首を捻る。時代小説は好きだったな。
こうして俺は柳生と仁王に肩を叩かれるまで立ち尽くすことになる。
「真田は大穴じゃよ」
「仁王くん」
「あいつに告白する勇気のあるもんはあいつに真摯に答えてもらえるナリ」
「そうですね」
「な。帰るけ」
バレンタインとは難しいものだが、真剣に相手を考えられる良い日だな。
>>
prev//next