待ち合わせ場所


12月も3週目。急に冷え込みが強くなった。最低気温と最高気温の差もそれ程ないように感じて、吐く息の白さに冬を感じる。

履き潰したローファーの代わりに買ってもらった赤のスニーカーを見て元気を貰う。まだ朝なのになぁ。

スニーカーと合わせたつもりはなかったけど、赤い手袋に赤いマフラー。出掛け、お母さんに還暦のちゃんちゃんこ着る?と笑われた時は、白いマフラーを取りに行こうとしたけど、やめた。柳くんとの時間を無駄にはしたくないから。

12月23日の今日。終業式の為に学校に行った昨日とは違い、今日は部活。私が所属する剣道部の難点は冬は寒く、夏は暑い。外気とは異なる床の冷たさを想像したら、やる気が削がれた。


「おはよう泡子」
「おはよう!柳くん」

マフラーに口元を埋めた柳くんと待ち合わせて学校へ。三日前に借りた本を返すつもりだった昨日。すっかり忘れてきたことを柳くんに平謝りすると、今日の朝でも構わないからと。

「泡子が良いなら、角の公園で朝」
「分かった!」

そんなやり取りを思い出して、柳くんの前で緩む頬。ダメダメと口元を引き締める。そのせいで、うっかり唇の内側を噛んだ。

「どうかしたか?」
「ううん。ありがとう、面白かった!」

「泡子は犯人を間違えだろう」
「あ…うん。柳くんは分かった?」

裏をかかれたなんて言う柳くんの息は白い。あ、一緒だなぁって私も息を吐いた。


「当たり前だが、泡子も俺の息も白いな」

同じことを思ったの?柳くんと。人の先を読み続ける柳くんと同じことだって…。今日はいい日かもしれないっ。

そんなことで「もしかしたら」を想像する私は単純、安直。それでいい。今が幸せだから。

他愛もない話をする。部活は外も中も寒くて、辛い。それさえも鍛錬だからなと真田くんが叫びそうと私が言うと、剣道部部長の英田もだろうと柳くん。お互い個性的な部員だよねと笑い合う。


学校に近付き、私は剣道場へ、柳くんはテニスコート。これで見納めかぁという寂しさを押し込めて、また来年ねと赤い手袋を着けた左手を振る。

何だか、考えこんでいるように見えた柳くんに向ける言葉はなかったというより浮かばなかった。明日の予定は?って聞かれないかなと少しどころか8割も期待していた自分に嫌気がさして、モチベーションも下がる。

「寒さに負けるなっ」
「英田…」

剣道場の前で仁王立ちをする英田を見ると、年明けの大会のことを思い出した。そんなこと言っていられないや。


「えー!星子も空子も?」
「うん。そういう雰囲気だし」
「だって、約束しちゃった」

同級生の星子と空子を明日からのクリスマス中セールに誘うと彼氏がねぇ、と困った口ぶりの割には楽しみで仕方がないと言わんばかりの笑みで返された。

前もって誘ってもキャンセルした?と聞くと、星子は道着を脱ぎ散らかした。

「うん」
「え」

空子もまた、クリスマス明けセールでもいい?と聞いてくる。

「いいよ、楽しんできてよ」
「うんうん」
「ありがとう、泡子ちゃん」

私の足に道着がかかっても気にせずに床で畳む二人に頭を抱えて、世の中のクリスマスの定義って何よ!と心の中で叫んだ。

朝、柳くんに誘われないかなぁなんて思っていたことは棚に上げてね。


更衣室を出ると空き部屋を挟んだ男子更衣室から丁度、英田も出てきた。面を外した時はペタンコだった髪の毛も立ち上がっていた。

「明日、泡子は暇か?」
「え?誘ってくれるの?」

見た目は例えるなら髪を伸ばしていない仁王くんみたい。なのに中身は真田くん。立海生七不思議の一つなんだ。

「馬鹿もの。俺はキリシタンではないし、恋人もおらん。だからと言って、泡子を誘うほど落ちぶれてはおらん!」
「酷いよ…英田。さっきの出篭手恨んでるの?」

地稽古では必ず英田と一度は組むことを自分に課している。普段はボコボコにやられてしまうところ、何ともまぁ、出篭手が一本綺麗に決まったのだ。

「そんな訳あるか!」
「ごめん」

「いや…柳が明日の泡子の予定を気にしていたぞ」
「え」

何で何で?どうして?英田は困惑する私の腕を掴んで、携帯を取り出してどこかにかけだした。



「で、何で?」
「英田は弦一郎より気が利くのだな」

どこかにかけた電話をしまい、私の手を引っ張って校門の前で動くなよと見張られた結果、柳くんが珍しく息を切らしてやってきたのだ。

「とにかくだ、泡子は明日は空いているだろう」
「え…」

「山野星子も川野空子も彼氏と過ごすだろう」
「知ってるの?」

柳くんは呆れたように、テニス部のやつらだからなとマフラーを巻き直す。その仕種にさえ、素敵だなぁと目が奪われる。なかなか、同世代の男子を素敵って思わないもの。

「山野は丸井、川野は赤也。あの二人はイベントが好きだ」

そう言われてしまうと、まるで柳くんはイベント特にクリスマスには興味がないみたいに聞こえる。

でも、明日は暇なんでしょと聞かれると今朝みたいに「まさか」を期待しちゃう。期待するのはタダ。

「明日、図書館に行くが泡子も行かないか」
「と、図書館?」

どうして図書館?勉強仲間?柳くんの方が成績は良いのに?おかしな話。

私が戸惑っていると、柳くんは今朝みたいに何か言いたげな表情を浮かべた。

きっと柳くんは私が「何で?」と聞くのもお見通し。で、私に聞かせようっていうのはデータマンの柳くんでなくても分かる気がする。


「なんで?」
「明日はどこも人ばかりだろうから、ゆっくりしたいんだ」

「課題?」
「泡子は終わってないだろう」

お見通し。英語に至っては手を付けるが全くない。

「明日の朝、10時に市の図書館前で」
「きょ」

「拒否はなし?と聞くが、断らないよ泡子は」

吹いた風に柳くんの茶色の髪がフワッと舞い上がる。私の顔を隠すように流れた横の髪を抑え、耳にかけた。

「さむ…」
「そうだな」

用件はそれだけだったのか、追いついてきた幸村くんに連れ去られても、私に朝みたいな名残惜しい様子はない。

なんだそりゃ…?



朝10時。寒いからとジーパンを選ぶべきだったのに片思いの柳くんがちらつかせる好意に浮かれて、スカートにタイツという女子らしさ重視の格好。

よくよく考えれば、柳くんが私を図書館に誘った理由もおかしい。クリスマスはどこも人がいっぱいだから、なんて。

「期待しないようにしよう…」

少し遅れると連絡のあった携帯を手で遊ばせていると、足早に柳くんが来た。昨日と同じように私と柳くんの吐く息は白い。


「お詫びは後で」
「気にしなくていいよ」

ほんのり赤く染まったほっぺと白い息が柳くんらしく見えなくて、他の人は知らないかもしれないと思うと女子らしさを出してきた甲斐があるように思えた。

静かな図書館。季節柄、受験を控えた高校生が多く、二年後の自分を暗示しているようで気が滅入る。

私は柳くんの後ろを着いていき、柳くんが選んだ四人掛けの机に鞄を置いた。中に入っている英語の課題が引き起こす睡魔に、怯えた。

柳くんの向かいに座りたい気持ち半分、それは無理という弱虫半分がすぐさま盛り返して、私は柳くんの斜め向かいに座った。

ここなら盗み見出来るもんね

ガサガサと騒がしい音をたてる藁半紙を広げた。


カツカツ、カリカリ、パラリ。

泡子は内心、驚いた。図書館という静寂そのものと苦手な英語によって睡魔に負けるだろうと思っていたのに、集中出来ていたのだ。

時折、柳に目をくれようと目が合うこともなく、本当に勉強しにきちゃったなぁともしかしてという色気を出していた自分に馬鹿だなぁと苦笑した。

終わりの見えてきた藁半紙に桃色のシャープペンを転がすと柳くんは開いていた辞書を閉じた。

「よければ、昼でもどうだ」
「混んでるでしょ?」

周りに迷惑にならないようにと声を潜めて、お互いに体を少しだけ乗り出す。秘密の話をしているみたいで、楽しくなってくる。

でも、人混みが嫌だから図書館を選んだ筈の柳くんにしては噛み合わない提案。変なの…。

「いや、家だ」
「へ?」

「いやか?」
「柳くんチ?」

筆記用具や勉強道具をどんどん片付ける柳くんに遅れまいと一応は片付けるけど、その申し出には理解出来ない。

「でも…」
「姉が会いたいと」

何でも、本の趣味が合う女子がいると言ったら、珍しいわね!会いたいわと約束されたらしい。そのお姉さんは彼氏さんが仕事だから今日はお留守番だから。

断るに断れない…
それに柳くんと二人きりじゃないのは嬉しいような悲しいような…
加えてお姉さんまでいるなんて

どんどんと高くなるハードルに二の足を踏む私をいざ知らず、柳くんは私の荷物を持ってコートも来ていた。


新聞を読む白い髭を蓄えたおじいさん、その隣でレシピを書き写すおばあさん。サラサラと数式を解く男の人。その人の彼女らしい女の人は音楽デバイスを片手に、ウトウト。

走り出そうとする小さい子をお姉ちゃんが押さえている図書館を出て、私は柳くんの隣を歩いた。


図書館から柳くんの家までの間、浮かれた町並みを横目に自分の気持ちが落ち込んでいくのが分かった。

はぁ…英田ぁ

「英田?」
「え…?」

何か話していた柳くんが怪訝な、というより不機嫌そうに振り向いた。うっかり、声にしていたみたい。

大通りを抜けて住宅街に入ったところで柳くんは足を止めた。

柳くんはいつもと変わらない眼差しだけど、口元が歪んでいて、腕組みをしている。辛うじて残っていた柳くんと居られて嬉しいという感情が消えて、どうしようという不安感がさっきより割増になった。

もう少し行くと待ち合わせした公園が見える筈。せめてそこまで、と提案する前に柳くんに腕を引っ張られた。さっきまでとは違い、歩く速度が早い。でも柳くんは息一つ乱れてない。これが柳くんの歩く早さなのかな。



「泡子は千神楽武夫の小説が好み。ミステリー小説やファンタジー、エッセイ。好きなものは剣道。好きな色は赤。嫌いなものは球技。嫌いな色はなし。好きな食べ物は白米。嫌いな食べ物は生卵。卵かけご飯を合宿中に行った英田を叩きのめした、試合稽古でな。友人の山野と川野には片思いの相手が知られている。それは」

柳くんは知らないはずの卵かけご飯事件、略して「たかご事件」だけじゃなくて、私の好きな人まで?それは、って言ったきり黙り込む柳くん。

「知ってるの?」
「知らない訳ではない」

「そ…」
「英田だろう」

「え」
「違うのか」

「…うん」

「千神楽武夫さんの本が好き。成績は良くて英田とも真田とも仲が良いの。たかご事件のことは恥ずかしくて言えなかったけど、生卵が嫌いなことは随分と前に教えた。よく、テニスしてる人」

「そうか」

柳くんにはこれで全部、伝わった。そんなのおかしい、有り得ないって特に星子には言われそうだけど関係ない。

「それなら泡子に恥をかかせる訳にはいかないな」

「俺は泡子が好きだ。付き合って欲しい」

ね。肝心なところは逃さないんだよ。

照れているようには見えないし、断られるとも思ってないという柳くんが私は好き。どんな人だよって突っ込まれたとしても、そんな柳くんが好き。

「私もね柳くんが好き」

ほらね。こんな簡単に言葉に出来ちゃうんだ。

昨日までの、さっきまでの不安やなんかが姿を隠す。ふわふわと暖かいものが胸いっぱいに広がる。


告白をされたり受けたりの後の妙な気恥ずかしささえも柳くんはないみたい。公園の冷たいコンクリベンチに座って、鞄から小さな紙袋。赤と緑の袋に付いている金色のリボンが冷たい風に翻る。


「クリスマスプレゼント?」
「あぁ」

こんなことなら私も何か用意すれば良かった。雑誌の特集は見たけど、どれも柳くんにはしっくりこなかった。渡せるタイミングも無いだろうなぁって。

こういうところに女子力ってやつが試されるんだろうね。きっと。

開けても良いのかな。躊躇う私に苦笑する柳くん。綺麗な指で、飾りの金色のリボンとは別に紙袋を閉じていた銀色のリボンを解く。

中から出て来たのはブックカバー。それも二つ。一つは明るい茶に白いレースが二列重ねられた可愛らしいもの。もう一つは若草色に赤い花が一輪。どちらもシンプルで、私好み。

「使っていいの?」
「そのために送ったんだが。気に入ってくれたか?」

うん。物が良いのは私でさえ分かる。高そう。

「俺が渡したくてな。それに見た瞬間、泡子だなと」

クスクス笑う柳くん。喜んでもらえれば良いなんて言うけど、私だって何かあげたい。あげたいっていうか、柳くんに柳くんらしいものをプレゼントしたい。

「だって、か…彼女でしょ」

あまり見ない柳くんの面食らった顔。写メしたいけど、あとからが怖いからやめとく。

「それなら」
「それなら?」

「−」

ビュウと吹いた風に柳くんの声も言葉もさらわれてしまった。

「なんて?」
「来年のクリスマスにお願いしよう」

来年も一緒にいられる。

たった2時間ちょっとの勉強で疲れた頭がどこをどうしたかは分からないけど、このドキドキしてフワフワの空気を空腹を知らせる音で壊した。

見たことがないくらいに爆笑する柳くん。なんてことだろう…。幻滅したようには見えないから良いのかな。


「さ、行こうか」
「お言葉に甘えてお邪魔させてもらおうかな」

灰色の雲から雪が降らないかなぁとよそ見をしていたら、そっと赤い手袋をした手を柳くんの大きな手が握った。


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随分と遅くなってしまいました。クリスマスで柳とほのぼのの筈が、ほのぼのは何処?という…。
年明けもしてしまいましたが、絶対に書き上げようと色々な場面を注ぎ込みましたら、普段よりも長くなってしまいました!
何かありましたら、真琴様に限り受け付けております。
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。


海藻

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