お騒がせの仕組み
「ねえねぇ、真田!」
新学期が始まり、多少のモチベーションが下がっている校内を駆けてきたのは幸村と泡子だった。
「走ってはらならん!」
あれ程言っているだろうと顔をしかめて、懇々と説教する真田。
対して二人は気にすることもなく、幸村は真田のトレードマークである黒い帽子を奪った。
始業前の廊下は賑やかで、あちらこちらで夏休み中の武勇伝を思い思いに話し合っている。
そのせいで奪った黒い帽子を手に逃走出来ないことに気付いた幸村は、苦笑いを浮かべた。
「全く。幸村は泡子と組むと途端に悪戯をしたがるっ」
「うちのせいじゃないよ」
「いやいや、泡子のせいだよね」
「違うって!幸んぼが計画するじゃん」
「幸んぼはやだって言ったのにさ」
呼び止めておきながら自分を放置する二人に真田は、呆れて溜め息すら出なかった。
(赤也とは違う意味で悩まされるな…)
痛む頭を抑え、何の用だったのだと問えば幸村は、大判の紙を取り出した。
「泡子は此処ね」
「任されよ」
ニヤニヤと笑い泡子が真田の目の前に立ち、泡子より随分と背の高い幸村の頭が丸見えだ。
「真田…」
泡子が真田にお願いごとをする時の声音で、ジッと真田を上目遣いで見上げる。
(これが赤也ならば)
赤也なら簡単に転ぶだろうが、如何せん付き合いの長い真田である。
「今日は宿題か?忘れ物か?」
怒る気も失せ、腕組みをして泡子の視線に合わせるように下を向いた。
「真田、これ読める?」
「何がだ」
「早く!」
途端に幸村の厳しい声に腰が引けたことを悔やみつつ、幸村が開いた紙に書かれた文字を読み上げた。
「そ、なたは、美しい?」
「うへっ」
「くくっ」
泡子の奇々怪々な笑い声に幸村が体をくの字にして腹を抱え出した。
「ちょ!押さないで下さいよ」
聞き覚えのある声に後ろを振り向けば、赤也と柳と柳生がニヤニヤと笑っていた。
(まさか!)
そして初めて嵌められたことに気付いた真田は、顔を真っ赤にした。
「真田くん、泡子さんを可愛がっていますからね」
キラリと反射する眼鏡を押し上げる柳生の隣で柳は、なかなか面白いなと頬を歪めている。
「真田副部長は泡子先輩が好きだったんスね!」
廊下に響き渡る大きな声を放った赤也のために、周りにいた生徒たちは面白半分で各クラスに散った。
「幸村ァァ!泡子!たるんどるっ!」
「え…真田はうちのこと嫌い…?」
悲しそうに泡子に迫られれば、真田とて無下には出来ない。
「好きか嫌いかの二択ならば、好きではある、が…」
(好きという単語はこれ程恥ずかしいものであったか)
真田はテニスが好きと答えるより労力がいるこのやり取りに、俺に安らぎの場は無いのかと傍観する三人に助けを求めた。
「すんなり読むなんて!」
「泡子、俺に感謝だよ」
してやったり顔の幸村に気付くことなく真田は、ようやっと自分を労う柳生に感謝した。
翌日、職員室に用のあった真田を待ち受けていたのは、嬉しそうに微笑む教師陣。
「真田にも春が来たなぁ」
「わしは満足じゃ」
ぽんぽんと肩を叩く者も入れば、こっそりと飴玉を手にのせる者もいて真田は、意味が分からずにいた。
「泡子を頼んだぞ」
担任の一言に真田は即座に職員室を飛び出した。
「キェェェ!泡子!幸村ァァ!」
結局、真田は泡子に説き伏せられて友達以上恋人未満という何とも不本意な立場に置かれ、教師からは生暖かい眼差しで見守られるようになった。
(へぇ、あの真田がな)(ジャッカル、代わってやれよぃ)(いや、泡子を扱うのは無理だな)
(柳生、おまん楽しそうじゃき)(真田くんにも春が来ましたねぇ)(少しは静かになるかの)
(赤也、そんなに面白いか)(当たり前じゃないスか!)(あまりからかうと痛い目を見るのだが)
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