音楽室にて奔放
くだらないの一言で吐き捨てた。だから、今の私はあいつからすれば、酷い女なんだと思う。本気かは分からないけれど、私のことを好きという態度をとるあいつにすれば。
「好きなんじゃ」
「くだらない」
そう言い捨てた理由は、ある。私に好きだと告白してきたのは、仁王雅治。接点はクラスメイトだということと共通の友人が、柳生比呂士くらい。
「どうして?私なの?」
断った理由を聞かれる前に、選んだ理由を聞かせてよと私は尊大な態度を変えなかった。
誰もいない音楽室に、音楽が嫌いな仁王がいるというのは違和感に溢れている。
「分からん。けど、泡子ちゃんがえぇんじゃ」
もぞもぞとポケットに入れた手が忙しなく動く。
(告白するのは慣れてないって?本当?)
「泡子ちゃんは何で?」
(きた)
「理由ね。私、好きな人がいるの」
仁王はニヤリと笑った。この状況で。だから、私はすぐに悟った。
(嵌められた)
「何の罰ゲーム?誰の差し金?」
嵌められたことに動揺しているのを隠すように、腕を組んだ。顔を俯かせた。
「知っとおよ。泡子ちゃんの好きな人んこと」
(そっちなんだ…)
お腹の底から擽られるような鬱陶しさが、胸の辺りまで込み上げた。
「だったら、何?」
(どうしてだろう。柳生から聞く仁王ってこんな感じじゃない。ムカムカする)
見透かすような口ぶりや、すかした態度が泡子は好きになれなかった。嫌いにはなれないけれど、苦手なんだと思う。
どうして柳生と友人なのか、常に不思議でならない。
「なぁ、何で言わんの?」
(ほら、全部知ってるの、コイツは)
顔を上げざるを得ない言い方に、腕組みを解いた。視線を仁王に合わせた。
「叶わないから」
「適わないの間違いじゃなか?」
クスクス笑う様は柳生に似ていて、更に不愉快にさせた。
(反りが合わない)
「詐欺師って伊達じゃないのね」
「高等部からの泡子ちゃんは初めてか」
抉られた様な気がしたというのは正確ではなくて、わざと抉ってきたのだから、抉られた。
「で、本題は?」
「さて、俺は柳生と友人じゃ。柳生と泡子ちゃんもな。なぁ、どっちが好き?」
(え?)
仁王の言っている意味が分からず答えあぐねていると仁王は、そっとピアノの蓋を上げた。
「泡子ちゃんの仲良くしとった柳生はホントに柳生け?泡子ちゃんの嫌っとる俺はホントに仁王雅治け?」
「続けて言うならばじゃ、好きな柳生比呂士が仁王雅治に成り代わるんは許せるんか?」
一言言わせてもらおう。
「仁王雅治が嫌いじゃなくて、仁王雅治が分からないの」
言いたくはなかった。これは、取っておきの切り札だったのだから。自分を守って、相手にダメージを与え過ぎないようにと。実際、人が受けるダメージなんて本人しか分からないけど。
(仕方ないのかな)
私は仁王が弾くでもない白い鍵盤に手を伸ばした。仁王との距離は、椅子の幅だけ。
「それなら安心じゃ」
ポーンとラの音が跳ねて、消えた。
(何が安心なの?)
仁王の発した質問の答えは、私には答えじゃない。白黒つけたいと思うけど、グレーゾーンに身を置く私は声を大には出来ない。
それ以上鍵盤に指を乗せることなく仁王は、椅子に腰掛けて私を見上げる。
「のぅ、告白してみんか?柳生に」
(どうして?)
私のタイミングは私が計るのと言えば、仁王は珍しく困った顔をした。
「いんや、泡子ちゃんのタイミングはえぇんじゃ。はよ、告白してくれん?」
いやに甘えた喋り方をする仁王を見ることはあまりないせいか、対処の仕方が全く分からない。
(分かったところで躱されるのがオチか)
「理由が無ければ言わない。私だって、リスクは低い方がいい女子なの」
記念告白なんてもので拭える程の気持ちじゃないし、急かされて失敗するのはもっと嫌。
「そうけ。柳生、こっちきんしゃい」
おもむろに声を大にした仁王は私を置いて、扉を開いた。
そこには、件の柳生がいつもと同じ佇まいで立っていた。
(なにこれ?)
「仁王くん。私は大きなリスクは背負うつもりが無いんですが」
「何じゃ。俺と入れ代わっとる時点で、その主義は消えたナリ」
私を放って話す二人に苛立ち、仁王は何の用だったのと問い詰める。結論は出ていない。
「泡子さん、これは私が仁王くんに相談した結果の作戦です」
「ほなら、あとは二人に任せるちゃよ」
ばちんとウィンクをした仁王のおちゃらけた口調は、私の機嫌を逆撫でした。
それは柳生も同じだったらしく、不透過の眼鏡がキラリと反射した。
「さて、本題に入りたいので仁王くんのことは綺麗さっぱり忘れて頂けますか、泡子さん?」
くだらないの一言で吐き捨てた私は今のあいつからすれば、なんて現金な女なんだろうと呆れていると思う。本気かは分からないけれど、私のことを好きという態度をとったあいつにすれば。
けれど、今の私には奇々怪々な仁王雅治より、恋て焦がれた柳生比呂士。
もしかして、もしかしてと高鳴る鼓動を隠せないでいる私がうっかり仁王の話をした瞬間、表情を変える柳生に手を取られるまで、あと。
あと、どれくらいかしら。
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