心語り
俺が泡子さんを気にするようになったのは、席が俺の前という単にクラスメイトとしての意味だった。
そう精市に言ったならば、案外普通だねと反応が薄かった。
だが、泡子さんに惹かれたと言える大きなきっかけは、初夏の昼休み。彼女に彼氏というものが出来た頃である。
「あのさ…柳くんて彼女に名前で呼ばれたい?」
特別に仲が良い訳でもなく、クラスメイトとしての付き合いしか出来ていなかった俺に、妙な質問を投げてきたのだ。
「唐突だな」
「ごめんね。あんまり仲の良い男子がいないんだ」
「何故、俺だ?相談のしやすさなら精市だろう」
椅子の向きを変え、昼休みを俺に相談することにしたらしく友人に断っている。
(自由だな)
前向きに捉えることにして、俺も精市の誘いを断った。
「俺は名前を呼びたいな」
サンドイッチを頬張る泡子さんに先程の質問に答えると、そうかぁと悩みだした。
「嬉しい?」
「あぁ」
視線を泳がせていた泡子は、パッと俺の顔を見て、へにゃりと笑った。
(あ)
変哲もないと言えば失礼だろう。しかし、普段は声を上げて笑うというのに、顔を緩ませて、へにゃり。
(ふむ…)
少女漫画風に言うと、キュンという表現が正しいのか。何と言おうか。波浦を羨ましいと思った。
「また相談にのろう」
俺は考える間もなく、泡子さんにそう告げていた。
泡子さんは驚いた風ではあったが、柳くんが良ければとはにかんだ。
波浦のことを思ってであろうの泡子さんの笑みは、その日はもう見られなかった。
(つまらないな)
面白くないのは泡子さんの笑みを見られなかったことなのか、泡子さんが波浦を想っているからかは定かではない。
ただ言えるのは、泡子さんの笑顔に惹かれたということは確か。確かでないのは、俺が不機嫌になる理由が妬みなのかが分からないこと。
更に言えるのは、泡子さんが波浦の話をする時にころころと変わる表情は見ていて飽きないということ。
精市にその話をした時、厄介だねぇと顔を歪められた。
それもそうだ。
付き合っている相手がいる女子が気になるなど、横恋慕もいいところ。
「柳くん、宜しくね」
「あぁ」
その日の下校時刻時、波浦が泡子さんといるところを見た俺は、不愉快になった。
きっかけの答えは簡単に出た訳だ。そうして俺は霞を食べる仙人、聖人君子の如く薄い仮面を貼り付けた生活を一年弱送ることとなる。
ただその時の俺は捕らぬ狸の皮算用もいいところ、泡子さんと付き合うとなった時に泡子さんが友人から質問攻めになった場合の対処法を考えることが常となっていた。
存外、はやとちりな自分を知ることが出来たというのも大きな得物となった。
(弦一郎、俺は分かりにくいか?)(そんなことはないだろう。以外と鈍いのだな)(論外なんだろうな、彼女からすれば)
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