心移り


(あたし今、一人になったんだ)

この独り言は比喩なんかではなくて、自分のクラスに呼び出されて用件が済まされて、その人は出て行った。だから、あたしは一人になったんだ。

時刻は8時前。こんな時間に教室にいるのは、日直や朝に勉強をする数えるくらいの子。生憎、誰もいないのはあたしが日直だから。

あたしを呼び出したのは、バスケ部の波浦幸助。幸助はあたしの彼氏。あたしは幸助の彼女。だった。

「ごめん。好きなやつが出来たんだ」

(やっぱり)

幸助の様子がおかしいって気付いたのは、一ヶ月前。あたしのことをあまり呼ばなくなった。泡子って。

一緒に帰っていても、心此処に在らず。嫌な予感はしていた。

「そうだね。別れよう」

あたしがしがみつけば良かったのかもしれないけど、それは出来なかった。

(あたしもね、気になる人いるんだ)

嫌な予感がしてからひたすら相談をしていた。その友達に、幸助に向けていたはずの想いを向けるまでに時間はかからなかった。

(最低かなぁ)

端から見れば、幸助があたしを振った。他に好きな子がいるから。きっと、あたしのことは、「可哀相な意地っ張り」で終わるんだ。

「別れたのか」

別れ話の間、幸助が不用心にも開け放していた扉から入ってきたのは、相談相手の柳くん。

「別れちゃった。部活は?」

(別れちゃったなんて微塵も思ってないのに)

やっぱり意地っ張りなのかもと荷物を片付ける柳くんに倣って、あたしも置きっぱなしの鞄から中身を取り出す。

「今日は朝練がない。何と言われた?」

容赦無く尋ねる柳くんに、優しいんじゃないのかなと思った。

「好きな子がいるんだって」
「ほう」

相槌の割には驚いた様子も見せず、あたしを手招き。

(まぁ、興味っていうか知る権利はあるよね)

「で、泡子さんは何と答えたんだ」
「あー、別れようって」

こういう話の時って男女関わらず、探るような目をすると思う。例に漏れず、あたしも。

だけど、柳くんの目って切れ長っていうか閉じてるっていうか。

「見えてる」

こうやって突っ込んでくるのも普通。だから、だよねなんて言って笑う。

「相談のってくれてありがとう」

あたしは精一杯のわざとらしい笑みを浮かべるために、口の端を上げた。

「泡子さんは引き止めようと思わなかったのか」

柳くんには無理みたいと言い続けて相談にのってもらっていたから、当たり前の質問だった。

それに友人のように質問をポンポンと繰り出すようなタイプではない、と分かっている。だから、あたしは答えた。

「うん、心移りした人には興味無いの」

(心移りしたのは、あたしも一緒)

柳くんが次の質問を考えるような仕種をすると、あたしは何故だか視線を逸らしたくなった。あらぬ情報までを探るのではなく、最低限の情報を引き出すかのような視線。

「一つ、尋ねよう」

何?なんて小首を傾げる技を使う前に、柳くんはその瞳をスッと開眼した。

「泡子さんは心移りしてくれたのだろうか」

(してくれたのだろうか)

自分に都合の良い言葉だけが耳に届いているのかと、反芻する。

(してくれたのだろうか?してくれたのだろうか?)

一向に反応を示さないあたしに痺れを切らしたらしい柳くんは、大きな溜め息を吐いた。

「正しく、泡子さんと波浦が別れたならば付け入ろうと思っているのだが」

真田くんばりの真正直さに二の句が継げないでいると、更に追い撃ちをかけるように柳くんは口を開いた。

「大体にして、アプローチやモーションを弦一郎が分かるくらいにかけていたというのに。気付かないんだな」
「え」

(そんなの知らないよ)

「理屈じゃあないな」

普段より饒舌な柳くんが珍しくて、色々大事なところを聞き逃すところだった。

「柳くん、落ち着いて」

俺は落ち着いているよと言う柳くんの視線の先には、あたしの手。よく見ると鞄から出した数学の課題プリントがぐしゃぐしゃだ。熊崎先生に怒られる。

「俺は泡子さんが好きだ。だから、相談にも乗った。波浦に好きな女子がいる確率は87%だった。このまま相談にのれば、泡子さんの気持ちが動くのは定石だったんだ」

少し釈然としない部分があって、出来ればあたしを好きになったのはいつからか分かればと思い、尋ねることにした。

「ね、いつから?」
「昨年の夏からだ」

あぁ。あたしが波浦と付き合い出して、波浦との進展に関する小さな相談をし始めた頃。罪悪感が押し寄せた。

「泡子さんが罪悪感を感じる必要はない。有り体に言うならば、波浦より俺の方が魅力的なんだよ」

くすりと笑った柳くんのこれまた珍しい発言に、ままとなれとあたしは自分の思考を伝えた。

「あたし、柳くんが好きになってた。あの、幸助がおかしいって相談した辺りから。で、幸助にあたしも好きな人出来たって言わなかった。ほら、狡いでしょ。でも、柳くんがそんな卑怯なあたしでも拾ってくれるなら、拾って」

決断を柳くんに丸投げすると、柳くんは驚いたように目を瞬かせた。

「泡子さんが俺を好きか。そうか…。やはり、付き合おう」

驚いた割には結論が出ていたらしく、拒否は無しだよと釘を刺された。

(いいのかな?)

「俺は目移りしないぞ」

廊下に声や足音が響き始めた時、あたしがうんともすんとも言わないから、幸助の二の舞はしないとばかりに。

(理屈じゃないね)

先を読む柳くんが、あたしの考えを見透かすなんて容易だと思っていたのに、そうではなかったらしい。

あたしが心配していたのは、本当にあたしでいいのかってこと。

言葉は違うけど、あたしだけを見ていてくれるっていうのだから、いいのかな。

思いの外、幸助のことをすぐに忘れてしまいそうなあたしは現金なのかもしれない。

日直の仕事をすっかり忘れたあたしを促して、日誌を取りに行く為だけに職員室まで着いてきてくれた柳くん。

「一先ず、精市と弦一郎には報告していいだろうか」
「あ、うん」

日誌を抱えたあたしにそう尋ねてきた柳くんに、あたしはどうしようかと少し悩んだ。

「泡子さんは俺に言われたと言えば良いから気にしなくてもいい」

女子の情報網は侮れないからなと苦笑する柳くんに感謝。

そして、こんな些細な気遣いでさえも嬉しくなれる自分に、しっかり柳くんを掴んでおかなくちゃねと叱咤。

さて、事情を知るだろうクラスメイトの真田くんはどんな反応をするかなのだろう。

(帰りに柳くんを誘った時に聞いてみよう)

事の顛末を聞いた真田くんが驚いて、幸村くんの名を叫んだのは昼休みのことでした。



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10万打企画の真琴様、ありがとうございます!ヒロイン視点にしてみましたが、いかがでしょうか。甘くを目指すつもりが妙に塩っぽく…。訂正等がありましたら、遠慮なくお願いします!お持ち帰りは、真琴様に限りです。リクエストありがとうございます!


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