仁王雅治
去り行くあなたに
愛を施す
「別れませんか」
「何と」
俺は目の前におる海子のちっこい目をジッと見つめた。海子は海子で俺から視線を離さん。そんなところが好きなんじゃ。
「別れましょ」
「なして?」
理由が見当たらんかった。俺はサッカー部の笹島みたいに浮気なんかせんし、海子に愛情表現しとる。
「好きな人が出来ちゃったの…」
その一言を発した途端に海子の目が潤み始めた。流さんとしとるんがよく分かる。それは分かるが、言っとることは分からん。
「好きな人出来たの、雅治くんよりも」
一人の男が浮かんだ。
ソイツは生真面目のようで真田よりは融通が効く。女子には優しくというよりも人には優しくがモットー。一昨日、コンビニで清算したお釣りを俺の目の前で募金しよる男。それは昔かららしいけどな。
「それ俺、知っちょる?」
「え…」
自分と付き合っとる女子が好きになる男を知りたいと思うんは普通じゃなか?普通じゃ。
「や、で始まるんか?」
口元がぴくりと反応した。嫌な予感しかせんのじゃけど。
「うん…」
最悪じゃ。テニス部だけには、アイツにだけは持っていかれたくない。当たり前じゃ。ある意味、半身なんじゃから。向こうがどう思っとるかは知らんがな。
「誰?」
「弥生くん」
「は」
弥生太助くんなのと声を小さくしながら、必死に伝えてくる海子。悪いが俺の脳ん中はさっぱり。回転停止中ナリ。
「サッカー部なの」
海子はとにかく反応せん俺に、どうしたらいいいのか分からずうろたえとる。俺は弥生太助が誰か思い出した。
「サッカー部のキーパー」
「え、うん。知ってるのね」
そら、知っとる。サッカー部の真田と言われるぐらいに真面目な堅物。まぁ、真田には劣るが。キーパーもピッタリねと意味の分からんことを隣の席の女子が言うとった。
「真面目じゃからか」
つい、言うた。アイツという柳生じゃなかったにしろ真面目な奴がえぇんかなと悲しくなった。別に俺は不真面目じゃないナリ。
「雅治くんだって真面目でしょ?」
こいつは本当に恐ろしい。こうして俺を未練たらしい男にする気かの。怖い。けど、俺のことを見とってくれたんじゃっちゅう嬉しさが込み上げてきてしまう。
「雅治くん?」
「ん。弥生にはきちんと伝えるんじゃよ」
海子は驚いとった。瞬きのせいで零れた涙を拭ってやると照れたように首を竦めた。そこは拒否せなかんと思うんじゃよ。
「俺な、海子ちゃんが幸せなら良いナリ」
「雅治くん」
ちゃん付けするのが精一杯の強がりなんて、きっと見透かされとるけど。それしか出来んの。
「ありがとう。大好きだった」
大好きだった、そういうことを言うからいかんのじゃ。分かっとるんか。
だから、最後に言うた。
「海子が大好きじゃ」
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