嫉妬
三番隊十席の海倉海子は、部下で僕の付き合っている人。でも、僕らは同じ隊だからといつも一緒という訳ではない。大概の理由というより原因は、隊長によるものだけど。公私混同はしないと付き合う時にお互い同意したから問題はない。だけどこんなに落ち着きがなくなるなんて思ってもみなかった。
「市丸隊長この書類をお願いします」
「えぇ〜ボク疲れたなぁ」
「休憩を挟んだらやってくださいますか」
イヅルは優しいなぁと言うから、安心して隊首室を後にしたのが運のつき。お茶の仕度をして隊首室に戻ると、窓が全開。
書類は少しばかり暖かくなってきた風によって床に散っていた。溜め息が出る。
開け放していた扉から隊員が覗き込み、苦笑いを零した。枚数の確認をして後を任せ、窓を閉めながらこの後をどうしようかと頭を悩ませた。
少しばかり待ってみようかと自分の机に戻り隊務をこなす。
集中していたせいか、扉の開く音がするまで全く気付かなかった。
「吉良副隊長、市丸隊長が戻られました」
市丸隊長を連れてきたのは海倉さん。でもどうやって?不思議に思っていると、海子は答えた。
「実は…松本副隊長に捕まっていた時にお見掛けしまして…」
「そっか…松本さんに感謝しないとね」
「はい…」
言葉を少し濁したことが気にはなったものの、今は書類と思い市丸隊長にこなしてもらった。
全ての書類を受け取り、隊首室を後にしようとする吉良に市丸は投げ掛けた。
「なぁ、イヅル海子ちゃん今夜借りるね」
「…はい?」
「何や聞いてへんの?一緒にご飯行く約束しとるんよ」
「なぜ…ですか?」
「書類を片付けたら行ってもええよって」
「…そうですか」
「ほなよろしくね」
そう言い、椅子に体を預けて惰眠を貪ろうとする隊長に、吉良は気にも留めることもなく書類を回覧しに行こうと他隊へ向かった。
出る前に何人かの隊員に自分が行くという申し出を受けたが、気分転換も兼ねていると伝え断った。
鬱々と書類を配達し、途中阿散井にからかわれるも反論する気さえ起きず呆気に取られた阿散井を放置したりもした。
自隊に戻ると丁度定時。
窓から差し込む月明りに影がのびている。
海子は待っていた。どうしたんだいと尋ねると待ってましたと言う。
あぁ…市丸隊長との約束を報告しにきたんだね。
楽しんでおいでと言いたいのに、出てきた言葉はきつく自分でも驚いた。
「言い訳はいらないから早く行っておいで待たせちゃ駄目だよ」
「吉良副隊長?」
訳が分からないといった顔をしている海子に苛立ちを覚えた。
あぁこんなにも気持ちは膨らんでいたんだね
「ご飯に行くんだろう」
と言い放ち、先の配達回りで代わりに受け取った書類をまとめて棚に納めた。
「それなんですが…」
まだ敬語か定時は過ぎているだろうに
「先に言ってくれれば良かったのに疚しいことは無いだろ?それともあるのかい?」
「ないですよ?少し聞いて頂けませんか?」
海子は吉良に駆け寄り死魄装を掴んだ。
なんだい?と振り返り様にわざと死魄装から手が離れる距離に退く。
我ながら子どもだな…
「なっ…副隊長…?変ですよ?」
「今凄く困っているのが分からないかな?」
「…す…すみ…ません」
強く言ったつもりはなかった。
だけどキミの泣きそうな声
それで僕は降参だよ。
「ごめんね?ひとまず座りなよ」
「…はぃ…」
吉良は自分の椅子に海子を座らせて、自分は近くの椅子を寄せて向かい合わせに座った。
少しばかり開いている窓を閉めた。肌寒く指先が冷たい。
「正直に言ってくれれば良かったんだよ?ましてや市丸隊長から聞くなんてね」
「すみません…」
謝られてもどうしようもない
「副隊長は…イヤですか…?」
ずるい聞き方だね
「ずるいね?いつの間にかキミに対してこんなに気持ちが大きくなってるなんてね…嫉妬なんて当たり前かもしれないけどそんな気持ち持っていたくないもんだよ…」
「…嫉…妬ですか?」
まだ俯き続けるつもりか…
「どす黒いさ…ご飯に行けば普段のキミを見せることになるだろ?普段のキミは僕の前だけで良いんだよ」
「ひっく…」
泣いてしまった。泣かせたくて言う訳がない。
「言い方が悪かったね…結局のところ行って欲しくないみたいだね」
「…嬉しいです」
思わず聞き返した。顔を上げて微笑むキミは妬いてくれるだなんてと続けた。顔が熱くなるのが分かる。
キミの笑顔のせいか
僕の幼稚なヤキモチか
分からないけれど
「そう…?」
「はい。だって副隊長がそういう人に見えなかったから…」
買い被らないで欲しいな
僕は一人前に妬くし
そういうことも考える、聖人君子じゃないんだ
「でも…市丸隊長は二人きりだと思われているみたいですが…実は乱…松本副隊長も一緒なんです」
「良いよ、いつもみたいに呼んで?でも言っている意味が」
と言うと嬉しそうに笑った。
「捕まえた時にお店の場所も約束はしたんですけど、乱菊さんが私も行くからねって叫んだのが聞こえなかったみたいで…」
「へ?」
我ながらびっくりするくらいの間抜けな声
「で乱菊さんがどうせなら皆呼びましょって…」
「はぁ…」
「多分檜佐木さんに阿散井くんも呼んで…京楽隊長も呼ぼうって…」
何だそれは…
「だから…イヅルも来るかなって」
「…なんだい僕の早とちりじゃないか」
「私もきちんと言えなかったから…」
「ごめんね海子?」
そう言った僕にキミは立ち上がり額に口付けた。くすぐったそうに笑う僕の手を掴み、早くお店に行こうと言う。
早とちりなんかするものじゃないなと独り言を言うと聞こえたらしい。
「イヅルのびっくりするところが見られたから良いんだよ」
「僕の負けだね」
何それ、と隣りで笑うキミだけで許された気になってしまうじゃないか。
でも嫉妬が嬉しいだなんて
自惚れてみようかな…
隊舎を後にしながら僕は思った。向かい合わせの椅子をそのままに。
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「遅いわよ〜」
「すみません」
「なんでイヅルがおんの?乱菊もさっきから何やの?」
「何言ってんのよ。ちゃんと行くって叫んだじゃない」
「そんな阿呆な…」
「ちわっス」
「出来上がってるじゃないですか…」
「乱ちゃ〜ん、お招きありがとうね」
「なんで君らも!?」
「招かれたから」
「そんなぁ、折角イヅルを困らせたろと…」
「隊長」
「イヤやなぁ。冗談やないの」
「吉良の目、本気だぜ」
「まあまあ良いじゃないの。皆で楽しく呑もうじゃないか」
「それじゃ乾杯するわよっ、座って座って」
心底、乱菊に感謝をした吉良イヅルだった。
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「吉良そういやさっきはどうしたんだよ?」
「え?」
「声を掛けたのにほったらかされたんだよ!!」
「ごめん、考えごとをしていたもんだから」
「どうせ海倉のことでも考えてたんだろうさ」
「何だよ、ちぇっ」
「拗ねるな阿散井、吉良は一途だからなぁ」
「そうっスねぇ」
酔っ払いはこれだから…と絡まれて悩む吉良イヅルだった。
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