香りの主
「何!海子は蚊取り線香の匂いが好きなのか、吉良!」
檜佐木さんにそんな話をしたら、毎日毎日檜佐木さんからは蚊取り線香の匂いしかしなくなった。
(少し、馬鹿なんだよな)
檜佐木さんは僕の同期の海子さんが気になるみたいで、好きなものや趣味を僕に聞いてくる。
本人に聞けば、会話も出来て一石二鳥なのに、どうしてなんだろう。
「よ!」
期日まで間のある書類は別に檜佐木さんが持ってくる程のものではなく、それを持ってきた檜佐木さんの目当ては海子さんだっていうのは周知の事実。
引き抜きは断固拒否している。
今日も今日とて檜佐木さんは海子さん見に来た。仕事が滞ることがないんだから、凄い。
そこは尊敬しよう。そこはね。
「吉良副隊長、決算書ですが」
一人顔を崩す檜佐木さんを眺めていたら、渦中の海子さんが書類を手にやってきた。
「確認しておくよ」
安心したようににっこり笑う海子さんは確かに可愛いらしい。
だからか余計に、ニヤニヤしている檜佐木さんにはどうかと思うのだ。
と、珍しく檜佐木さんが海子さんに話しかけようとぎこちない歩き方で僕たちの方にやってきた。
「檜佐木副隊長、お疲れ様です」
確かにお疲れでしょうよ、と僕は檜佐木さんにニヤリと笑った。
やめろバカなんて言われても、こんなに面白い人は滅多にいないと思う。
「檜佐木さん、良い香りがしますね」
くんくんと檜佐木さんに近付く海子さん。すぐにでも引き離してやりたいが、檜佐木さんの隈を見ると少しくらい大目に見ないとなと思う。臨戦体制だけどね。
「蚊取り線香の匂いって」
海子さんが頬を染めて、照れ照れと恥じらう様に、まさかの展開が過ぎった。
確かに海子さんは、檜佐木さんみたいなタイプが好きらしい。阿散井くんは好みじゃないらしい。
なら、間を取って僕ということはないんだろうか。いや、雛森くんが好きなんだけどね。
「おじいちゃんの香りだから、大好きなんですよ」
「え」
「は」
僕より更に一拍おいた檜佐木さんの顔は、蒼白。病気だったんじゃないかってくらいに。
「えっと…」
口をぱくぱくさせる檜佐木さんは、さながら金魚だ。答えを欲しがる金魚。
「おじいさんて総隊長だよね」
僕が確認すると、おじいちゃんて呼んだら怒られちゃいますけどねだって。
(あれ?檜佐木さんは知らなかったのかな)
ヒッと捻り潰したような声に檜佐木さんを見れば、現世で有名なムンクの叫び状態。
「では、私はこれで」
彼女を呼ぶ部下に感謝して、僕は檜佐木さんを副官室に押し込んで、一発かます。
「き、きら?海子さんの名字は?」
「山本ですよ、やーまーもーと」
よよ、と泣き崩れた檜佐木さんは翌日も蚊取り線香の匂いを纏っていた。
理由を聞けば、海子さんを振り向かせられなけりゃ意味がないと拳を握り、笑っていた。
とにかく、僕は海子さんに一言言おう。
蚊取り線香じゃなくて、多分お香の香りじゃないかなって。
流石に、檜佐木さんの男が廃るだろうからね。
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吉良目線で、ヒロインの恋を見守るということでしたが、いかがでしょうか?
檜佐木メインの檜佐木夢になってしまったような…。
匿名様、リクエストをありがとうございます!
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