さようなら
海子が二人の傍に居られたのは、奇跡だった。強い力を持つ彼らの傍に。
「私は傍に居ていいの?」
海子はよく、スタークに尋ねた。
真っ白な部屋に散乱するのは、リリネットの遊び道具とスタークのクッションばかり。海子は、拾い上げたクッションをスタークの顔に落とした。
「当たり前だろう。海子だから、リリネットだって懐いてんだぜ」
「グリムジョーにも懐いてるわ」
海子は、乱暴なくせに面倒見のいいグリムジョーを思い浮かべた。
「あれは、別だろう。ハリベルにさえ、懐くのは時間がかかった。一目で海子が気に入ったんだよ」
大きな欠伸をする口に、リリネットではないが手を突っ込んでやろうかと海子は思った。
「いつ、出るの」
ウルキオラが現世から戻り、少女を連れて来た。グリムジョーは片腕を無くし、ルピが十刃の6の位置についた。
戦いが始まったのだ。
たいして力のない海子は、ただ見ているしかない。スタークは頭をかき、けだるそうに起きた。
「面倒だな」
それは、自分より格下を相手にしなくてはならないことにではない。海子は、それを知っていた。
「早く終わって、のんびり過ごそう」
「そうだな」
二人は静かなこの場所が、自分たちの居場所だと信じている。
「海子、グリムジョーが機嫌悪いくせにこれくれたよ」
リリネットが玩具片手に、海子に抱き着く。羨ましいぜ、と口を尖らせるスターク。リリネットはぐりぐりと顔を押し付けた。
「もうすぐ始まるね」
リリネットは自分の玩具箱を抱え、不機嫌な表情をした。
「早く終われば、ゆっくり過ごせる」
海子はリリネットを膝に抱いた。彼女に残された仮面はに着いている角を撫でる。
海子は、スタークにそうでしょ、と言うほかなかった。この時ばかりは、自分の無力さと二人の力の強大さを悔しく思った。
「海子、グリムジョーやられちゃったのか」
リリネットは青ざめた表情の海子を見上げた。スタークは、舌打ちをした。
「ゾマリ達が行くだろうよ」
「スタークとリリネットは行くの?」
起き上がったスタークは、難しい顔のまま分からないと呟いた。
海子は、行ってほしくなかった。それは、海子自身の庇護が藍染の元にあり、二人が居なければ、また一人になるからだ。
それに、海子にとって必要なのはスタークとリリネットの言うところの仲間だった。
「リリネット、あとでグリムジョーの宮に行こう」
「うん」
グリムジョーが何か遺していくなんて有り得ないと分かっていても、海子はリリネットと二人で主を無くした宮に向かった。
海子が、スタークとリリネットの元を訪れると、スタークはいなかった。
「スターク?」
「海子、スタークは?」
リリネットの気付かないうちにいなくなったらしい。リリネットの瞳が揺らいだ。
「すぐ、戻るはずよ」
話を聞けば、ゾマリもノイトラも消えた。あの、ザエルアポロも。
「スターク!」
両手を衣服に仕舞い、肩をすぼめて現れたスターク。面倒になったよ、と言った。
突撃したリリネットは、行くのかとスタークを見上げた。
「行ってらっしゃい」
海子はそう言うしかなかった。でなければ、叫んでしまいそうだったから。
「海子は行かないのか」
バラガンが従属官を従えている。ハリベルに着いていくと叫ぶのは、アパッチだ。
「私はアパッチ程、強くないから」
「そんなの、私が一緒に戦ってやるよっ!」
ぎゅぅ、と自分の手を握るリリネットを海子は、抱きしめた。
「ごめんね。だけど、必ず待ってる。だから、必ず戻ってきて」
「当たり前だよ」
にぱっと笑うリリネットとは対照的に、スタークは眉間に皺を寄せたまま立っている。
「スターク」
「海子、待ってろよ」
「分かってる」
それだけで十分だった。
「ねぇ、スターク、海子の居場所も守らなくちゃ」
「分かってるよ」
「スターク」
「リリネット」
二人は一人で、駆け出した。
「スターク、リリネット、早く戻ってきて」
壊れた空の奥に見える漆黒の空。去ったウルキオラの砂は、もう無い。グリムジョーの蒼い髪は、もう靡かない。ノイトラの憎まれ口は、もう叩けない。
テスラは泣いたのだろう、と海子は同族を惜しんだ。
自分の居場所を与えてくれた藍染より、居場所であるスタークとリリネットの勝利を望んだ。
早く、帰ってきて
二人の影は一つの影になり、貫かれた。
思うことは、唯一つ。#NAME1##にまた、会いたいということだけ。
海子がその事実を知るのは、海子が二人を追いかけ、現世に降りた時。
目の前で落ちる一人になった二人の仲間。海子は、手を伸ばした。
手が届いた時、会えた、と二人の声が海子の耳に届く。
「さよならなんて」
「会いに来たよ」
海子は、優しく微笑むスタークと握られた銃に優しく触れた。
「強かったらな」
聞こえているか分からないスタークに、囁いた。
そして、自分の無力さと二人の強大さを悔しく思い、零れた涙を拭う。立ち上がった海子はスタークの体をどうにか引き上げ、黒胞を開いた。
帰るのは、真っ白な二人の宮。
さようなら
海子は初めて訪れた現世を、振り返らずにあとにした。
一人で来た道を、三人で戻った。
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