一足早く
朽木隊長が休憩だと茶菓子を差し出し、各々が車座を取りながら寛ぐ六番隊。
一際、騒がしい阿散井に朽木の無言の圧力が掛かった時、執務室の戸が開かれた。
現われたのは十一番隊、斑目一角。
一角はお目当ての主、海子を見つけると手招きをする。
「海子、明日出掛けるからな」
普通の十一番隊隊員ならば、居心地悪く縮こまるのだが、一角や弓親は問題外。
むしろ、六番隊隊員の方がいたたまれない様子。
「分かりました」
自然とはにかむ顔を両手で押さえ付ける海子に一角は、頭をポンと叩くとじゃあなと去った。
「わざわざ?」
にやける海子に、阿散井は恨めしそうに鯛焼きを頬張る。
「書類もありますよ」
何を言ってるんだ、と同期に分厚い束を差し出す。
「ああ…」
折角の隊長の機嫌を損ねるのかよ…
ちきしょうっ!
どうしようもなく、束に鯛焼きのかすを零さぬよう脇に寄せた。
>>>緩やかに陽が差す昼前、二人は瀞霊廷内を並んで歩いていた。
「行きてぇ処はどこだ」
今日ばかりは、と一角は鈍い朱の流しを纏い、海子の手を引く。
「雑貨屋、あの猫桜屋です」
一角とは違う濃さの紅を身に着けた海子は、一角の先に立つ。
「あぁ、酒屋行って良いか」
海子が一人、中に入るのを追うことなく、その背に声を掛け、海子は向かいの店に入る一角をチラリと見送る。
全く…
ジッと眺めている海子。気付けば、一角は荷物片手に海子の横で、女物は分かんねぇと首を傾げていた。
その夜、冷え込んできた部屋の窓を閉めきり、火鉢を焚く。
シュンシュンと喧しい薬缶を火から降ろすと、急須に注ぐ。
一角は家主に背を向け、ごろりと横になっていた。
かちゃこちゃと瀬戸物を鳴らし、ぱたりと腰を下ろす。
一角が体を起こして湯飲みを口にするのを尻目に、海子は小さな包みを取り出した。
それは昼間、雑貨屋で買った簪である。
ちゃりちゃり、と飾りが触れ合う音がした。
>>>「この簪どうですか」
おもむろに海子が、簪を手に一角に尋ねたのには理由があった。
簪の飾りは紅い華が小さく連なり、白い葉が点々と散っており、色目と細工に一目惚れをしたのだが、どうにも海子の童顔には似合わないと思ったのだ。
「あ?」
怪訝な表情を浮かべる一角に、海子は少し頬を膨らました。
「買う時に見てもらおうとしたら、いなかったじゃないですか、もう」
ぷう、と笑いながら膨らました頬に触れたい衝動に駆られるも、一角は気まずさに負けた。
「あー、似合うんじゃねぇの」
どうにも女と弓親の買い物は…と軽く溜め息を吐いた。
「少し派手過ぎないですか」
シャラシャラ、と鳴る飾りは確かに海子にしては華やかだった。
「貸してみろ」
少し多いな
一角は海子の簪を取り上げた。
一角は器用に飾りの根元の環を外して、一つ二つ華を抜いた。
環を閉じようとした一角は、ふと海子の鏡台に置かれた環の外れた簪を手に取った。
それは、淡い桃色の小さな華が連なっていたものだった。
一角はその小さな華を外して、紅い華の綴りに通した。
紅い華と淡い桃色の柔らかな色合いに海子は凄い…、と洩らした。
「ほらよ」
「凄いっ」
チラチラ揺らし、嬉しそうに笑う海子。
一角は先程とは違う気まずさを感じたが、それは嬉しいものだった。
「一角さん、ありがとうっ」
「海子」
今なら、と一角は懐から小さな包みを取り出した。
>>>>出てきたのは、紅梅を象った小さなピアス。
「ピアス?」
少し前に買ってから渡せずにいた代物。
少しひしゃげた蝶々結びがはらりと解かれた。
「偶にはいいだろ。いつもいらねぇって言うしよ」
ぶっきらぼうに言う一角。
海子はそれをなくさぬように卓袱台に置いた。
とん、と一角に抱き着けば簪の華がシャナリと。
嬉しさと恥ずかしさの余りに、小さくありがとうと囁く海子。
「おう」
一角は、海子の髪を梳きながら微笑んだ。
小さな紅梅が届けられた部屋には、一足早く春が来た。
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随分にお待たせ致しました。
琉生様に限り、修正がありましたら遠慮なくお願いします。
甘くなったかしら…
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