アイツより



「課題は出しましたよね」

「そうだね」


北棟四階の国語科準備室、男性教師と女子生徒が相対していた。

ガシャコンと五月蠅い筈の印刷機は無音。



京楽先生、と海子が呼ぶ。



口元は笑んでいるが、目元は笑っていない。


ふむ、と顎に手をやって京楽は口を開いた。




「今日の課題は僕の話し相手」

含む物言いに海子は担任の名を出した。

「浮竹先生は」

二人が旧友であるのは、学校全体においても周知の事実である。



「海燕先生に捕まってる」
残念だね、と思ってもいない声音の京楽。



「仕方ないですね」

海子は渋々、丸椅子に腰を掛けた。






「君にしか出来ないよ」

海子は京楽から目を逸らした。






「さてと、彼に何を言われたのかな」


京楽は笑った。



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勧められた丸椅子に腰掛け、海子はつ、と下を向く。

床板の木目を上靴で撫でる。



「聞かれてたんじゃないんですか」

苛立ちを込めて海子は応えた。




「んー、自棄に突っ掛かるねぇ」

ギイと軋む椅子に寄り掛かる京楽は、笑ったままだ。



先生はずるい
海子は、指をぽきぽきと意味もなく鳴らす。
そんなことありませんよ、と溜息混じりに答えながら。





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遡ること三十分前、北棟二階の職員室へ向かう東棟からの渡り廊下で事は起きた。


英語科の大鳳橋の元にノートを抱え、たらたらと海子は歩いていた。
ローズ先生いるかなぁ



後ろからバタバタと駆けてくる足音。

危ないなぁ
海子は、そろりと廊下の端に寄る。




「やっぱり海子じゃん!」

見知った声に、振り向く。
あ、なんだぁ




そこにいたのは、クラスメイトの男子。

席が近く、趣味が合うためよく話す男友達。





「英語係だったか?」

違うって
海子は口を尖らせた。



「あの子、朽木先生に呼ばれてんの」

友人の代わりにノート提出を頼まれたのだ。



だから、スカートなんか短くしなけりゃ良いのに

海子が友人を心の中で諭していると、彼はマジかと言った。


「朽木先生、生徒指導だもんなー」


彼の手に握られているプリントは既にくしゃくしゃ。


職員室前で彼に付き合い、様子を窺う。




「なあ、海子ってさ好きな奴いんの」

徐に放られた言葉。

海子はハ、と呆けた。



先生ーなんて言えないよねー
一人笑えば、訝し気に名前を呼ばれた。



本当はもっとちゃんとなー、と呟いた彼に海子は何だよーと尋ねた。



「お前さ気付いてないんだもん、笑えるよ」

ぐいぐいと急に身体を伸ばすと、プリントを握りしめた。






「海子が好きだ」






シンとした職員室と廊下の狭間、海子は取り残された。







職員室から出て来た彼は今まで通りな、と笑った。





彼が職員室から戻る前、一人の教師が職員室に入っていった。



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「で」

ぶすり、と促す海子に京楽は椅子から立ち上がった。



キュと香る身嗜み程度のオードトワレ。海子が好きで堪らない京楽の香り。



「もっと自覚して欲しいなんて、言えないな。やっぱり負い目はあるんだよ」

京楽は海子の視界に入るようにしゃがみ込む。




「海子、こっちを見て」

何回言われても慣れない海子は、目に力を入れて京楽の柔らかな目を見た。



「忙しくて、おじさんで君に構ってやれない」

するりと伸ばされた骨張った少し色黒の指。

反射的に絡める。


そんなの関係ないくらいに
先生が好きなのに
ジクジクと目の奥が痛んだ。



「そんな僕で良いのかい」

確認するように尋ねる京楽。

海子は当たり前、と呟いた。





「私ね、先生が好きなの。いくらアイツと話してたって、先生と話している時みたいにはなれない」




京楽の目が見開かれた。



途端に垂れた目が更に下がる。


「ありがとう」



よいしょ、と立ち上がった京楽は海子の頭を胸に抱き込んだ。



「ここの所、海子からメールも電話もなかったからさ」

おどけたように話す京楽の手に力が篭った。




先生の馬鹿
忙しいくせに

「忙しいところは邪魔したくないし、授業で会える」

海子の言葉に京楽は笑った。



「やっぱり、海子が良いな」


京楽の香りに酔う海子。

ん、と身体を離されると海子の顔がムとする。


気付いた京楽は、コッチねと海子の頬に触れた。

甘い甘い体温が伝わる。

離れようとする京楽に海子は、自らしがみついた。



「おいたが過ぎるよ」

触れ合うか触れ合わないかで紡がれた言葉に、海子は身体を震わせた。


「先生があんなこと言うから」

ツと差し出された紅い舌。



くるりと搦め捕ると、京楽はごめんねと息で囁いた。



解るのは私だけ




静けさだけが二人を包んだ。





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随分と遅くなってしまいましたが、ささパンダ様のリクエストです。

希望に沿えていますかしら…

修正等がありましたら、ささパンダ様に限りお受けします!







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