台帳の折り目
じんわりと暖まり始めた海子の私室でゆったりと寝転ぶ一角の着流しは、流石に乱れてはいない。窓には結露が出始め、シュンシュンと鳴る薬缶の火を止めると海子は持っていた雑誌の頁を捲る。
「ね、これ見て」
背中を向けたまま片腕で頭を支える一角は、いつも以上に返事までの間が長かった。
「あぁ」
素っ気無いし
「乱菊さん綺麗だよね」
海子は負けじと瀞霊廷通信の頁をべろりと見開きを開くが、振り返る気配すらない。
「ハゲ」
「ちげーよ」
ポツリと漏らした言葉には即座に反応を見せる。
「聞こえてるじゃん」
それならば、と新しく奮発した銀細工の簪でクルリと髪を纏めながら海子は口を尖らせた。
「おう」
この野郎っ
たまにはお洒落してみようと思ったのに
「恋次に見せちゃうよ」
海子はシャナリと揺れた簪の音に一人照れながら、友人の名前を挙げてみる。
するとむっくりと身体を緩慢に起こすと、素早く海子の腕を引き寄せ胡座の上にポンと乗せた。
海子の死魄装の衿を抜き、項を出し口付けた。深く甘い音を立て、紅い痣を残す。
「見せられねぇだろ、これで」
ニッと一角が海子の顔を覗き込めば、海子は真っ赤な顔でぷるぷる震えて言った。
「ちょっと…!」
「何だよ」
ニヤニヤする挑戦的な一角に、海子鼻息荒くも気を取り直す。
「相手は恋次ですよー」
反対にジッと目を見れば、一角はうっせーぞと耳元で囁き聴覚を奪う。
一角のペースにのせられちゃう、と海子はふるふると一角の身体と、どうにか距離を取る。
「見てくれないからじゃん」
海子がわざとらしく上目遣いをすれば、スルリと視線を外す。
「何、見てたの」
一角の背後に手を回すが届かず、ムッとすれば一角はくくっと笑いバサリと台帳を引き寄せる。
「小袖を見てたんだよ」
一角がばさはざと折り目のある頁を見せれば、海子は目を丸くした。
「たまには良いだろ」
何でもないように頁を捲り、色目がなぁと呟く。我に返った海子は、わたわたと一角から台帳を取り上げようと手を伸ばす。
海子が買った銀細工の簪は、新しく小袖を買うか悩んだ末のものだと一角は知っていた。何で、と問えば海子の性格考えりゃ分かるとニヤリと笑った。
「海子だからやりてェんだ」
それにな、と続けられた言葉に海子はでも、と俯いた。一角は海子を腕の中に引き戻し、肩口から海子の顔に自身の顔を寄せて、分からないくらいに優しく微笑んだ。
「馬鹿、海子からはいくら貰ったって返し足りねぇくれぇ、貰ってんだよ」
そう言って海子の部屋の熱気か、それ以外か赤く染めた頬に口付けを落とす。頭を揺らし、一角の方に顔を向ける。
「殺し文句だよ」
行き場の無い手を弄ぶ海子の手を取り、随分と温かくなった指先を口に含む。これは合図。
「言わねぇよ、海子以外には」
ちゅっと視覚も聴覚も一角に染まりながら、海子はありがとう、と倒れ込む前に辛うじて伝えた。
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遅くなりましたが、16000キリリク様宛てです。
睦月海藻
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