変わらない訳


本来なら冷気が這う筈の執務室は、むさ苦しい男どもの熱気が籠り、海子と弓親は複雑な表情を浮かべながら休憩を決め込んでいた。

そんな時、荒々しく戸を開けた一角が、二人を呆れた表情で見つめた。

手早く汗を拭き、海子の目を気にすることなく着替えを始めた一角に、海子もまた気にすることなく更木からの伝言を伝えた。

「一角さん、更木隊長から任務です」

風邪ひきますよ、と温かな手拭いを手渡す海子に分かった、と頷く一角。そんな二人の以前と変わらぬ態度に、二人の関係の肩書きが変わったことを知る弓親が、はぁと溜め息を吐き、湯飲みを手の平で包んだ。

「海子、君達付き合ってるのに何も変わらない気がするんだけど」

つまんない、と呟く弓親に海子は苦笑いをしながら、そうですかと答えた。

それが心地良いってこの前言わせたじゃない、そう訴える海子の視線を感じた弓親は、フワリと笑う。

「まぁ、良いけど。一角、海子を御飯に誘うけど良い?」

鬼灯丸を担いだ一角は何だよ、と振り向いた。

「行ってくりゃいいだろうが」

騒々しい執務室で弓親の溜め息はかき消され、海子がらしいですよと笑った。


「海子、一角と付き合い始めたって本当なの」

結局、行き着いたのは七番隊の射場の私室で、家主は主催者である乱菊に部屋の権限を委譲していた。

乱菊は教えてくれなかったのと拗ね、海子にとくとくと酒を飲ませては注いだ。赤い頬を緩ませる海子を乱菊は柔らかく抱き締めて言った。

「良かったわねぇ、ちょっと馬鹿だけど、良い奴だからね。泣かされたら言いなさいよ」

ニンマリ笑う乱菊にそうしようと決意し、乱菊の御猪口に酌をする。

あ、弓親さんと組んだら最強だ

「じゃけえ、一角かぁ。複雑じゃの」

海子が射場を見れば、サングラスに隠された目は分からないが、頬はほんのり赤かった。
随分の長い付き合いになる元十一番隊は、泣き真似をし始めた。

呆れる恋次に対し、乱菊は射場の肩を抱き、悲しいですねぇと酌をする。無論、射場の鼻からは赤い筋が垂れているが。

「射場さんが父親になってる」

吉良の呟きに海子は苦笑した。阿散井は髪色とは異なる赤を顔に乗せ、酒瓶を掲げ海子の肩を抱きほらよ、と海子の御猪口を並々と満たす。

「海子っ!飲めっ」

ケラケラ笑う友人から酒瓶を奪い、吉良は海子を引き離そうとした。

「阿散井くん飲み過ぎ、くっつき過ぎじゃ…」

「だな」

檜佐木の同意を打ち消すように檜佐木の身体が倒れ、上にのしかかった乱菊は座った目で笑った。

「面白いじゃないの」

「松本さんっ」

ろくなことにならないと思うんですけど、そうは思っても口には出さない。何故なら、彼女には手強い味方がいるからだ。

「彼女の言う通りさ」

ほらね

やたらと構いたがる阿散井から海子はフラリと抜け出すと、手洗いへと向かった。

戻ってきた海子は、ふらふらと身体を揺らしながら敷居に躓いた。

「あ」

吉良が声を出したと同時に、海子は阿散井に倒れ込んだ。ごめんねと笑った海子に阿散井は、がばりと肩を抱いた。役得とばかりに赤い顔を更に赤くし、大丈夫、大丈夫と笑う。

あぁ…全く

吉良は溜め息を吐いて立ち上がりかけたが、腕を引っ張られ中腰のまま引っ張った相手を見た。

「面白いから」

そう言った弓親の横で乱菊や檜佐木も笑っていた。

「知りませんよ」

吉良は、とばっちりがこなければ良いか、と傍観者を決め込んだ。

海子は海子で酔いが回っているのか、為されるがままで笑っていた。

そんな時、暖まった空気にスゥッと冷えた空気が入り込み、悪いなと足音荒く勝手知ったる場所と一角がガラリと障子を開け放つ。

何だこりゃ

見れば海子は阿散井に肩を抱かれ、ヘラヘラ笑っていた。

誰か止めりゃ良いだろうと一角はそう思ったが面子を見れば、面白がるのは確実である。

普段なら怒らねぇんだがなぁと
複雑な顔をする一角に檜佐木が声を掛けた。

「一角さん、阿散井がにやついてますよ」

お前がなと言ってはやりたくなるような別の意味で笑う檜佐木に乗ってやろうと一角が口角を持ち上げると、朱の乗せられた目尻が上がった。

「ほぉ。檜佐木、この酒やる」

持って来た酒瓶の中から一つ割と良い値の焼酎を差し出す。

「どうも」

ニヤリと目配せをし合う弓親達に呆れながらも、芽は若いうちに摘まねぇとなと一角は首を鳴らす。

「阿散井、そこに直れ」

不敵な笑みを浮かべた一角に、阿散井はキョトンとする。

「うへっ?何スか…」

目をパチパチさせる阿散井の腕の中から海子を抱き上げ、乱菊に差し出すとポキポキと手を鳴らす。

「覚悟しろ」
「ちょっと!」

尋常じゃない一角の表情に酔いが覚めた阿散井は、後退りしながら弁解をしたが、時既に遅し。

「海子、大事にされてるわねぇ」

海子は乱菊の腕の中に抱えられている為、ぽふりと胸の感触に妙に照れていたのだが、普段は見せない一角の一面や乱菊の言葉に更に顔を赤くした。

締め上げられた恋次は正座をさせられ、うなだれた。

あぁ、本当に一角さんの女になっちまって

ホコホコと暖かい部屋にはお酒の匂いが充満していたせいか、家主は一角に泣きながら海子を頼んでいた。少し照れながら当たり前だと呟く一角に、海子は思った。

一角さんありがとう
少しだけ阿散井くんに感謝しよう
それから、少しだけ甘えてみよう今夜は…


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遅くなりましたが、10000キリリクの諏訪部様宛てです。修正がありましたら、諏訪部様に限りです。
睦月海藻

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