だって
「おはようございます…」
いつもは扉を蹴破るように入ってくる海子が大人しく入ってきた。
今日は槍でも降るかもな、と声をかけてみる。が、いつもなら噛み付いてくるのにこれまたそんな気配は無し。
「阿近さん…今日は実験お休みします。書類やってますねぇ」
そう言って書類を持って机に着いた。
変な薬でも飲んだのか?
「けほっ…げほっこほっ…ずっ…いっくしっ」
「海子さん風邪ですか?」
「すびません…」
何を考えているんだアイツは。部屋で寝てろ…せめてマスクくらいしろと思う。
喉がいがいがすると言って、水場に向かおうとしたところを転んだ、というより力が抜けたように見えた。
そこまで酷いのに出てくるな。そう思うより先に、海子の元へと足は向かった。
(ふわふわする、この匂いは…煙草?阿近さんかなぁ…だったら良いのに。最近二人でゆっくりしてない)
起きたら消すか。仮眠室には換気扇はない。ふぅっと煙を吐いて、床から動く気配がして声をかける。
「海子、熱があるなら休め」
「なんでバレたんですか…」
「倒れたんだよ」
窓の外に煙を吐いてもみ消した。
そんな仕草ですら目を奪われる…
「誰がここに…」
「オレだよ」
「…すみません」
「そう思うならさっさと治せ。心臓に悪い」
「はい」
「何かいるもんあるか?」
こんな優しい阿近さん付き合い始めてからも見たことないや
「すり林檎」
「…またしち面倒なものを…リンっ」
「阿近さんのが良い…です」
「分かったよ」
コイツこの状況を上手いこと利用しやがって…
「リン!林檎持ってこい、あと器と匙 果物ナイフとおろしがねもだ」
「は〜い」
「阿近さんは女の子が好きですか」
するする林檎の皮をむく俺を見てずるいと言う海子は、見惚れちゃうよと口を尖らせた。
「女の子だ?どっちかって言うと女だよな」
「ふーん…げほっ」
「ほらみろ。さっさと寝ろ」
「こんな時じゃないと阿近さんと話せないもん」
いつも喋ってるだろうがと言って、すりおえた林檎に匙を入れて。
「あれは一方的に私がくっついてるだけです」
分かってるじゃねぇかと海子の体を起こして匙を口に持っていく。。
「食え」
しゃりしゃりした林檎がほわほわしている頭に気持ち良いらしく、ひとしきりすると妙なことに頭を冴え出した。
「私は女ですか?」
そういうことかバカなこと考えてたな。まぁしかしだ、何でだ?と敢えて聞いてやる。
「だっていっつも私ばっかり好きなんですよ…負けてる…」
「他には」
実験があるから仕方ないけどたまには一緒に帰りたい、たまには一緒にご飯を食べたい、たまには阿近さんのお部屋にお泊まりしたい、ぎゅじゃなくていいから…ポンポンして、手も繋ぎたいと海子の口から飛び出す。
「それだけか」
「それだけって、だって阿こ」
「お前は甘えれば良い」
「甘えたら重いって言われたから…だからお付き合いできた時に決めたんです。甘えないって」
ふーんなるほどね。煙草に手が伸びたがあぁと思い、しまった。
「何でお前と付き合ってんのに甘えたら重いってなるんだ…」
「だって…」
「海子なら分かるだろ?仕事の状況が…だから無い時は甘えてくると思って期待してたんだがな」
俺がベッドに腰掛けると仮眠用の質素な作りなだけに、二人分の重みがベッドのスプリングを軋ませる。
甘えていいのと聞く海子は熱のせいか頬が赤く声もかすれていた。
可愛いもんじゃねぇか。オレにも理性がしっかりあるんだぞ。褒めろ。
「当然だろう」
「阿近さん」
「なんだ?」
「…だいすきです」
うつむいて腕にしがみついてくる海子に、笑っちまう。これだけで満たされるだなんて。ククッと笑うと笑わないで下さいよと言う海子の耳元に口を寄せて囁いた。
「オレもだ」
風邪が治ったらご褒美にしっかり言ってやるよ。
ふにゃぁと笑う海子に、だから今はこれで我慢しろと触れるだけの口づけをした。
真っ赤だなと分かって聞いてるオレも意地が悪いかもしれない。
風邪だもんと呟く海子は、仕事に戻って大丈夫ですよ?と言うもんだから、軽く額に触れた。
「帰りにオレの部屋に持って帰るから此所で大人しくしてろ」
嬉しいなとはにかみながら返事をした海子。
リンが持ってきた薬を取り出すと、粒?と不満そうに顔を歪める海子。
「錠剤と言え…飲めるか?」
「飲める」
「ちょっと待て飲ませてやる」
訳が分からない顔をしている辺りが子どもかもな、なんて。
しかし、流石に錠剤と水を口に含んだ時点で分かったのか。それでも案外大人しくしている海子の顎を少しあげて口づけた。
水が口の端から零れた。胸がざわつく。わざとちゅっと音をたて海子から離れるとばかと言いながらベッドに潜り込んだ。
少し覗いている頭をくしゃっとさせると海子のおやすみなさいという声。
あぁ、おやすみ。今日は隊長に何と言われてもさっさと終わらせて帰らせてもらおう。海子のために。
+α
「リンこれが結果な。片付けが終わったら帰るからな」
「分かりましたっ」
「阿近こっちに来たまえ」
「…隊長」
「なんだネ」
「実は海子が風邪ひいてるんで」
「そんなこと分かっているヨさっき仮眠室を覗いたからネ」
「覗いたって…何もしてないっすよね」
「興味ないネ安心したまえ」
「用はなんですか」
「これが薬だヨ。正規に服用出来るモノだから大丈夫だヨ」
「ありがとうございます」
「さっさと仕事に戻ってもらわないと困るんだヨ」
「…あぁすいません」
ブツブツ言いながら自分の実験室に籠ったマユリを見て阿近は思った。
仕事が溜る前に、押し付けられる前に治させよう…。
でも更に阿近は思った
涅隊長がしっかり名前を覚えているということは、いろんな意味で危険だと。
そうは言っても、涅印の風邪薬は次の朝には全快だったそうな。
<<だって
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