不満は希望だが


気付けば冷え込みがきつくなり、七番隊隊首室では、ストーブに掛けられた薬缶がゆるゆると白い湯気をくゆらせる。

そんな静かな隊首室に何の前触れも無く戸を開け放ち、真子が書類を片手に遠慮無く身体を投げ出した。

やれやれ、と立ち上がり平子の手から書類を抜き取れば、さして重要ではなく、羅武は彼の部下に同情をした。

「羅武、副隊長決まったんかー」

えぇ加減決めんとあかんやろ、と追い討ちを掛ける真子に、伸びをしながら羅武は言った。

「いや、まだ決めてねぇ」
候補はいるんだがなぁ

「そーか」

長椅子でゆらゆらと身体を揺らす真子に、羅武は戸棚にしまってあった煎餅を探す。

「真子、仕事しろよ」
あれ、無ぇなぁ

「えぇねん惣右介おるで」

失礼します、と入ってきた海子から湯飲みを受け取り、ストーブの前で海子ちゃんも座り、と促す。

どーもと真子と並ぶ海子に、舐めてんのかと思う。ちゃっかり自分の分も用意しやがってと。

「海子ちゃんにやらせたったらええやん」

真子は海子を気にすることなく、先程の話を蒸し返す。

「駄目だ」

チラリと海子が羅武を見るも、隠された表情からは何も読み取れない。

「何が不満なんや」

「不満はねぇ」

即座に返された言葉に、真子はニヤリと笑った。何を企んでんだよという羅武の心配を余所に、真子は海子の肩を抱き寄せて言った。

「海子ー、言うたれ」

海子は真子の言葉に動じることなく、羅武を見る。

「このタイミングですか」

「おう」

二人の意味深気なやり取りにイラッとするも、この二人よりは大人だ、と言い聞かせる。と、ふと思い出す。

「この前の煎餅喰ったのおめぇか」

春水さんから巻き上げた上物だってのに、と続ければ海子はケロリと隣りに視線を向ける。

「私じゃありません」

海子が言った途端にグキリ、と音がしそうなくらいに海子の視線を自身に戻す真子に溜め息を吐く。

「海子じゃねぇなら真子か」
「そうです」

間髪を入れず答える海子に、真子は違うやろ、と頭をはたく。

やめてくれ、海子はひよ里じゃねんだぞ
まぁ一緒か

海子は抱えていた膝を解放し、床に正座をした。

「羅武隊長、私隊長が好きです」

勿論、付き合っていただけますよねと微笑む海子からは策略など感じられず、ある種の嫌なオーラを出すのは真子だ。

「おう」

「好きです」

いつものような子どものような笑顔ではなく、ふわりと何処となく色香の漂う笑みに、羅武は分かってらぁとぶっきらぼうに海子に言った。羅武の気持ちを知ってか知らずか、海子は立ち上がり羅武に顔を近付ける。

「男なら構いませんが、女の副隊長だけはやめて下さいね」

念押しです、とはにかむ海子の淡い栗色の瞳からは、ほんの少しの不安が垣間見える。

羅武は海子のほつれた髪を耳に掛け、口元に顔を寄せた。

「不満なら、おめぇが副隊長で目立つことだ。他の男が寄ってくるだろうが」

ぼそりと羅武の呟いたそれに、海子はクスリと笑う。

「それは無いですよ」

後ろでは真子が新しくお茶を淹れ直し、置いてあった最中をガサガサと開けている。そんな真子の口の端がニヤリと上がる。

真子のやつ

羅武は諦めて声に出した、敵の名を。

「春水さんとか春水さんとか」

ダルン、と伸びた真子に負けず劣らず身体を長椅子に凭れさせた羅武に、海子は頬を膨らませる。

「駄目ですか」

コイツ分かってねぇなぁ
断る訳ねぇだろうが

「副隊長頼むわ、彼女さんよ」

ニヤリと笑えば、いつもの幼顔の笑顔を浮かべる海子。するとクリンと真子を振り返り、ニッて親指を差し出す海子。

「やろ」

真子は羅武の気持ちを見透かすように、独特の笑みを羅武に向けた。

「ありがとうございます」

副隊長にするのは構わねんだ
春水さんがなぁ
リサもいるから問題は無い、と言えば無い
真子、絶対面白がっていやがるなぁ
当面の問題はこの二人か

悶々と悩む羅武を尻目に二人は、最中を食べ漁り始めた。


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