恋文


ドカドカという足音に混じる凛と響く鈴の音、足音の主は面倒だなとぼやく。慣れた四番隊隊員は会釈をし、慣れぬ者はそそくさと廊下の端に避けながら肩の桃色の髪の少女を見上げる。

海子は、伊江村に指示をされたように通常業務を淡々とこなしていた。海子のいる第三救護室の戸をガラリと開けたのは更木で、やちるはピョンと肩から飛び降りた。

「こんにちわっ」

楽しそうに笑うやちるに海子は、自分の頬が笑むのが分かった。

「やちる副隊長、お久し振りです。更木隊長どうぞ」

相変わらずだなぁと随分と背の高い更木を見上げ、海子は椅子を勧める。

海子が更木を診る理由は、やちるが偶然海子と出会い懐いたに過ぎず、更木と海子の会話が弾むという訳でもない。

ただ、寡黙な更木との会話が海子は嫌いではなかった。

恐らく勇音による応急処置を受け、海子の元に回されたのであろう更木は羽織りをやちるに放り投げ、死魄装から肩を抜いた。

私もこれだけ出来たらと勇音の治療進度を羨ましく思いながら包帯を巻く。

「ねぇ、この手紙何?」

静かな救護室にやちるの幼い声が響いた。手を止め、振り向いた海子の先には蛇腹に畳まれた手紙を振るやちる。

「恋文、ですよ」

やちるの行動に苦笑いしながらも海子は答え、手を動かす。

「ふ〜ん、この人好きなの?」

中身には興味が無いのか、ポイと机に戻すと更木の羽織りを引き摺りながら、トテトテと二人の傍に来る。

「知らない方です。だからお断りしようかと」

金具で包帯を留め、海子はやちるを抱き上げた。

ありがとっ、と笑うやちるを死魄装に腕を通した更木の膝に乗せる。


海子がやちるから羽織りを受け取り、はたこうとすると骨張った大きな手がそれを遮った。

「けっ、今時恋文なんざ風流な奴だな」

バサリと羽織るとやちるがわっ、と驚いた。

「あら、嬉しいですよ。ただ、私なんかよりもっと良い方がいるんじゃないかと」

思うんですよ心の中で付け加えたのは、海子が言い終える前に更木が遮ったから。

「貰えるなら貰っときゃ良いんだよ」

肩を回し、動きを確かめる更木に海子は少し驚いた。

こんな話、相槌も無いと思ったのに…でも恋文は想像がつかないわ

「更木隊長は直接お気持ちを伝えられるんでしょうね」

海子は処置具をしまいながら、思ったことを臆面もなく言ってのけた。

「けっ、面倒だな」

ニヤリと笑うと更木は、海子の後を着いて回るやちるの首根っこを掴む。

ム、とするやちるに小さな小袋を手渡す。

ニンマリ笑うやちるに内緒ね、と笑う海子。

やはり来た時と同じように派手に戸を開け閉め、足音と鈴の音を鳴らして二人は第三救護室を後にした。

「最近、海子宛の手紙が毎日届くね」

荻堂は、海子の机の上に置かれた生成色の山を突っ突きながら尋ねた。

ぽてり、と何枚かが落ちるが、気にする素振りを見せず海子の方を向く。

「謎よね…何が良いんだろう」

お馬鹿さんだ

荻堂は呆れながらも一応、と尋ねる。

「恋文ですか」

畏まる荻堂にヘラリと笑いながら、海子は手を振る。

「違うの、文通」

カタコト、と引き出しからそれ用と思しき淡い色の紙を取り出す。

「こりゃ、古風だ。京楽隊長とか綾瀬川さんならこういうことサラッとやってそうだけど」

「僕がなんだって」

荻堂の言葉に反応したのは、いつの間にやら救護室に入っていた京楽。

「京楽隊長!」

慌てて頭を下げる海子にまあまあと笑う。

「おや、恋文かい」

私用使いの紙に、京楽は目敏く食い付く。

「文通相手だそうですよ。相手が分からないらしくて」

恐縮する海子の代わりに、荻堂が経緯を説明する。

「挑戦者だね、宛名の字体を見せてもらえるかい」

京楽は妙に関心を持ったらしく、海子の顔を覗き込む。

「どうぞ」

差し出した手紙の宛名は達筆な字で、海倉海子と書かれており京楽は海倉、と呟いた。

皆が皆、海子を下の名で呼ぶ為、今更ながらに海子の名字を認識した。

「何されてるんです、京楽隊長」

荻堂に用事のあった弓親だ。弓親は、京楽の放浪癖に苦笑いを浮かべた。

「分かりますか」

海子が字体を見せると、弓親はふと一瞬驚きを見せたがすぐに表情を変えた。

「ん、分かんない。けど、真摯な人だね」

分かっているであろう京楽と視線を合わせた。


一方の海子は、何故ですかと尋ねる。

「字は体を表すからさ、だろう」

笠で遊んでいた京楽が、弓親の代わりに答えた。

ですね、と頷く弓親に荻堂は後でもう一度尋ねようと心に決めた。

そんな荻堂に京楽は、卯ノ花の所在を問う。

貼られている勤務表を指で辿り、振り返る。

「今は第五救護室ですね」

京楽はありがとう、と笠を被り直し、じゃあねとそこを後にした。

「綾瀬川さん、誰か知ってるんですか」

荻堂はニヤリと笑いながら同族に尋ねる。

「ん、教えたら反則だろ」

したり顔をする荻堂とは反対に、唸る海子を見た弓親は微笑む。

「ま、その内分かるよ。それじゃあね」

荻堂を連立ち、用事を済ませようと立ち去った弓親を見送りながらも、海子は誰だろうと考え込む。

そんな海子の元に、久し振りに更木が姿を現した、一人で。隊長羽織りを肩に引っ掛けている様子から治療か、と椅子を勧める。

すると更木は懐から私用使いの生成の紙を取り出し、海子に突き出した。ずいっと出されたそれを受け取り、更木隊長だったんですかと呟けば、更木の鈴が鳴る。

「悪いかよ」

威圧的な目で海子を捉える。

「いえ、凄く楽しかったです。最初はどうしようかと思ったんです。でも毎日楽しみで」

読み終えると大事に懐に仕舞い込み、更木に微笑んだ。

「楽しかった、なぁ。丁度良い、文通なんざ止めるつもりで来たんだよ」

その言葉に海子は足下が無くなり、落ちる感覚に陥った、心が冷えるかのように。

「そうですよね」

何とか振り絞った言葉に、更木は身を乗り出し口角を上げる。

「そんな顔するってこたぁ、期待するぜ」

ククッと笑いながら、海子から目を離さない。

「何をですか」

そんな更木に耐え切れず俯けば、ジワジワと霊圧が上がる。

「あん?海子てめぇ俺のこと気になんだろ」

へ…あ、や…そうなのか
今更だわ私
からかわれているのね

何も言わずに俯き続ける海子に痺れを切らした更木は、海子の手を引っ張り自身の膝に向かい合わせに座らせる。

為されるがままの海子は、にじにじと降りようとするが、更木によって抱えられた腰は敵わない。

海子の伏せられた睫毛や恥ずかしさからくる頬の赤味に、更木は柄にもねぇと心の中で毒づく。

それでも手放したくはない、と更木は大きな手で海子の顎に触れ顔を上げる。

「女になれ、俺の」

静かな救護室に更なる沈黙が走り、海子は更木の自分を真直ぐ見つめる目から離せなかった、私しか映っていないのかしらと。

「返事は無ェのかよ海子、ふざけてんのか」

無言の海子を抱える腕に自然と力が込められ、更木は顔を近付ける。

「俺は海子を俺のもんにしてぇってんだ」

息がかかるくらいの近さに、海子は逃げようとするが、更木は許さない。

「ひゃっ…初めてです」

そんな風に言われたのは…

海子は今まで受け取った恋文の印象など、とうに消えていた。訳が分からない、と首を傾げる更木からやっとのことで視線を外す。

「こんなに近くで…」

更に頬を染める海子に更木は、楽しいじゃねぇかと笑う。

「こっちのが性に合ってんだよ」

本当にそうみたいねと海子は更木にしがみつきながら、そろりと顔を上げる。

「惹かれていました、更木隊長に」

時折、やちるに見せる柔らかな表情を海子見せた更木に、特別なのかしらと思う。

見透かしたかのように、更木は当たり前ェだと笑う。私は貴方からの恋文はいりません、どうか言葉を貴方の口から下さいと海子が聞こえぬように呟いたが、更木は海子の耳元で囁く。

「海子、好きだ」

ふるふると肩を揺らし、涙を零した海子に更木が慌てたのは内緒の話。


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「更木隊長、綺麗な字書かれますね」
「弓親が五月蠅ェしよ、読み辛ェのも嫌だからな」
「ふふっ」
「なんだよ」
「素敵です」
「おう」

「更木隊長ですか」
「よく分かったね」
「斑目三席の字では無いですからね、京楽隊長!」
「おんや〜」
「分かりましたよ、更木隊長ですね」
「ご名答、彼達筆だからね」
「当然です、海倉さん泣かされてないと良いけどね」
「嬉し泣きでしょ」
「そうですね」
「嬉し泣きなら構いませんが、私の隊で隊員が泣くようなことがありましたら」
「はい」


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遅くなりましたが、記念リクの蘇芳様宛てです。修正がありましたら、蘇芳様に限りです。
睦月海藻

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