寝坊は幸せを
「遅い、珍しいなぁ…」
普段なら約束の日は迎えに来るイヅルが姿を現わさず、海子は意を決し、鍵を巾着に突っ込む。コンコンと戸を叩くも、反応のない部屋の主に首を傾げる。
「イヅル、開けるよ」
海子は呟きながら渡された合鍵を回せば、失くさぬように付けたお揃いの鈴が戸に当たる。
「寝てるじゃん…イヅル」
閉ざされたカーテンを開け放し、ちょい、とつつく。
「…ん、う」
顔を枕に埋めるイヅルに、子供みたいと思う海子は更につつきながら起こす。
「イヅル」
とろとろと瞼を持ち上げ、目の前の海子に飛び起きる。
「えっ!!海子っ寝坊した?」
白い割に程よく締まった胸板が露わになり、白いなぁと吸いつけられた視線をイヅルの顔に戻す海子。
「本当にすまないっ!」
わたわた、と謝るイヅルに手を振りながら気にしないでと海子は笑う。
「良いよ、寧ろどうしたの?」
珍しい遅刻の理由を尋ねると、イヅルは気まずそうに海子を見る。
「それが…実は昨日、阿散井くんに弓親さんと一角さん、檜佐木さんと飲みに行って」
指折り挙げられた名前に、あぁと漏らす。
「そりゃ仕方ないね」
どうしたって逃れられない面子だもの、と海子は休日用の蘇芳色の鮮やかな小袖をの皺を伸ばす。
「本当にごめんね。海子、今から出ようか」
窓を開け放し、布団を上げたイヅルは海子に言った。
「部屋じゃ駄目?」
脱ぎ散らかされた死魄装を拾いながら、海子は答えた。
「構わないけど」
イヅルは海子の申し出に同意をし、窓を全開にし普段なら冷たい風が入る部屋に既に温い風を入れる。
「そうだ、桃ちゃんに聞いたよ」
え、女の子って変なことばっかり聞いてくるからなぁ…
檜佐木さんに吹き込まれた時も、はぁ…
イヅルがそんなことを考えていると、海子は満面の笑みで嬉しそうに言った。
「女の子からの手紙」
凄いよね、と笑う海子にイヅルは複雑な気持ちになった。
「どしたの」
黙り込むイヅルの背に海子は、ぎゅむっと抱き着いて顔を覗かせる。
「海子、ヤキモチは妬いてくれないのかなと」
海子のことだから例え、ヤキモチを妬いてもおくびにも出さないだろうけど、たまには言ってみたくはなるよねと思うのだ。正当だと言い聞かせるイヅルに、何言ってんのと身体をずらして前から抱き着き、イヅルを見る。
「学生の時からイヅルのこと好きなのに。言わなかったけ」
ジッと見つめるくりっとした瞳には自分しか写っていない、とイヅルはドキリとした。
「初めて聞いたよ」
何とか絞り出す声に、海子は思わず背伸びをした。
トンッと当たるくらいの軽いキス、リップ音さえさせないくらいのキス。
「えへへっ、照れてる」
頬を染めて、口許を押さえる愛しい人に、ちょっとだけ意地悪になる。
「嬉しいけど、照れるね」
嬉しい、その言葉で十分よ
でもこんなキスじゃ僕は満足しないから
さて、夕方までどう過ごそうかな
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