些細なこと
授業の入っていない合間に、と京楽は書類を書き上げ、机に向かい続けて凝った肩をぐるぐると回す。
「さて、次の授業の仕度でもしようかな」
一人呟いた京楽は、チャイムが鳴ると同時に騒がしくなる廊下や出入りが激しくなる職員室を、やあやあと笑いながら教室に向かう。
「なぁ、海子の太腿のアレ見たか?エロいよな、くくっ」
すれ違ったジャージの男子生徒が、笑いながら友人に同意を求める。
「黒子だろ、色白の黒子はやばいな」
バタバタ走り去る生徒の言葉に、京楽はプリントを廊下にまき散らした。
「うわ…」
全く、僕としたことが
海子の太腿に黒子ねぇ
若いなぁなんて思う余裕は無いみたいだよ
「京楽、何やってるんだ」
京楽は視界に入った色白の男の手をジッと見つめる。
「何だよ」
浮竹はプリントを揃えながら、怪訝な表情を浮かべた。
「あー、うん。参ったねぇ」
窓の外にはジャージ姿の高校生が散らばりながら、教師が来るのを待っていた。
「あぁ、海子か。なんだ、告白現場でも見たのか」
クスクス笑う友人に京楽は、だったら良かったよと呟いた。唯一、京楽と海子のことを知る友人で同僚で昔馴染。
「誰にも見られない場所に囲いたいよ」
サッシに置いた手の上に顎を乗せ、海子が寒そうに足踏みする姿を眺める。
「それは無理だな。例え、今の関係じゃなくてもだ」
寒いからと髪を下ろしたままの浮竹は、背中を窓に凭せ掛ける。
「やっぱりそうだよね」
チクチクとする自身の髭をくすぐったがる海子が、可愛いなぁとあらぬことを考える。
「京楽、安心しろ。海子はお前が好きで好きで堪らないから、今の状況でもやっていけてるんだ」
浮竹は海子が嬉しそうに京楽と話す姿を見る度、そう感じた。自惚れるくらいが丁度良いんだろうがなと。
ふふっと笑う友人に京楽は溜め息を吐いた。
「本当はさ、僕なんかじゃなくて同世代とか一つ二つ違うくらいが良いんじゃないかなぁって思うんだよね…」
顎を乗せた手を揺らしながら、視線は外さない。
「挙句にさ、檜佐木先生とか辺りならまだ許容範囲なんじゃないかなぁってさ」
ガツリと音を立て、顎を手から外したまま顔をしかめる京楽。
「痛いなら外せば良いだろうに」
冷たい風から逃れるように、浮竹は窓を半分閉めた。
「痛いよ」
どうやら浮竹が確認せずに窓を滑らせた為、京楽は再度肘を痛めた。
「そんな風に思うなら、お前から別れを告げれば良い」
窓越しに聞こえる海子と友人のはしゃぎ声に自然と頬が緩む。それに気付いた京楽は、浮竹はお父さんみたいだねと笑った。
「何でそんなこと思ったんだ?」
先の京楽らしいと言えばらしい泣き言に、浮竹は尋ねた。
「さっきさ、男の子たちがね、海子の太腿にある黒子はエロいって言ってたんだよ」
幾分拗ねた物言いに、こいつはと浮竹はクスリと笑った。
「最近の高校生は凄いな。だから囲いたいって」
発想が凄いな、
俺には思い付かないと妙な関心をする浮竹に京楽は、良いじゃないかとぼやく。
「先生っ!」
二人に気付いた海子がぶんぶんと手を振れば、手を振り返す大の大人達。
「海子、寒くないのか」
朗々と響き渡る浮竹の声に、海子は若いですと答える。
そうは言いながらも、足踏みを止めることはない。
あぁ、可愛らしいんだけどもねぇ
「風邪、ひかないようにねぇ」
海子はニッと笑うと手を振った。そんな海子の周りには、わらわらと女の子達が集まり始め、口々に二人に声を掛ける。
丁度よく鳴ったチャイムに二人は別れを告げ、外よりは暖い廊下を歩く。
「海子はさ、お前が人気者だからって心配してるよ。いつか飽きられるんじゃないかってね」
そんなことないのにね、と京楽が苦い表情をすると、浮竹は微笑んだ。
「お互い様だな」
「本当ににね」
窓から廊下に顔を覗かせる生徒に詫びる浮竹同様、京楽もまた笑いながら謝る。
「あと半年だね」
受験生らは苦い顔をしながら、早く早くと嬉しそうに急かす。
海子も彼女以前に受験生だもんね
息抜き扱いの体育で駆け回る海子から離れ、目の前の受験生に微笑む。
やっぱり、僕の方が重症だねぇ
「始めようか」
キンとした冷たい空気を入れぬように締め切られた窓をほんの少し開けて。
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