アンバランス


蝉の声に、少し機嫌の悪そうな扇風機のブンブンという音が重なる。

書類から解放され、休憩を取っている十一番隊で、最近特設された冷蔵庫から冷やしておいた水饅頭を取り出すのは海子。

海子が辺りを見回すと、いるのは数人の隊員と副隊長。

「丁度良いかも」

そこで海子は副隊長に皆を呼んでおやつにしましょうと提案。

「分かった!ねぇ皆おいでっ」

副隊長の召集を誰が拒否出来ようか。

「水饅頭か、良いねぇ」

腰を下ろす隊員たちに、それぞれ御茶と水饅頭を出す。

「更木隊長に感謝だな、こりゃ」

口々に満足そうに喋る。

「あ、海子ちゃん悪いんだけど虫歯で食べられないんだな…。貰ってくんねぇか」

一人の隊員が済まなさそうに差し出すと、気付かなくてと恐縮する海子を否定した。

「食べなよ海子ちゃん、な!副隊長はアレだし」

目をやると金平糖の大袋に手を伸ばしている。

珍しく急ぎの書類も無いしなと言い出したことから、のんびりと他愛もない話をする。

ぶんぶんと五月蠅い扇風機は風を動かし、ぶら下げた風鈴をチリンと鳴らす。

そんな時、一人の女性隊員が書類を手に訪れた。

「あ、やだ…」

立ち上がった海子が慌てて受理するその時、ポツリと聞こえた言葉。

「信じられない、有り得ない」

「それはどういう意味ですか」

思わず発した言葉は、海子自身も驚くくらいに透った声。

「仕事もせずにのらりくらりと」

キッと睨み付ける彼女からフと視線を外し、書類の押印を見る。

九番隊、蘇る言葉はあの男のものだった、戦いを否定し正義を謳う。

「戦うしか脳がないのかしら」

「十一番隊を馬鹿にしないで下さい」

きっぱりと言い放つ海子に彼女は返す。

「仕事の遅滞は常時、荒くれは四番隊をけなして、戦いにしか意味を見出だせないなんて死神として在るべき姿ではないわ」

全ての言葉が海子の胸に突き刺さり、ぽとりと落とした腕に連られ、手中からは紙束が滑った。

「忠告、あなた方の信念は間違っているわ」

先程まで聞こえていた扇風機の音は聞こえず、その言葉が脳内を支配し、ドロドロとした渦が海子の身体を這いずり回る。

自分たちの存在意義、目標や夢、今の過程の全てが握りつぶされたように海子は思った。

何かを言わなくては、海子が滴を零さぬように顔を上げると、二つの顔が現れた。

「一角さ、斑目いるか」

それは女性隊員の上司、檜佐木修兵。

「綾瀬川五席は見えますか」

三番隊副隊長、吉良イヅル。

言い慣れないと毒づき合う二人は、通せんぼよろしく立つ二人を見てなんだ、と口を揃える。

仕事をされていないようでしたのでと彼女は淡々と答える。

しかし、海子の中では二人の顔を認識しながらも、言葉を塞き止められなかった。

「書類の遅滞については、厳しく目は光らせております。その点に関してはこちらに非があります。

しかし、十一番隊を馬鹿にしないで下さい。更木隊長以下私たちには、私たちなりの信念があります。

一角さん、弓親さんだけではありません。戦うことに意味が合っても無くても、今現在の私達があるのは十一番隊に身を置いているからです」

気付けば海子の頬を流れる涙に彼女は怯み、後退したところを檜佐木に抱き留められた。

「檜佐木副隊長…」

「あー、矢ノ丘戻れ」

はい、とうなだれた矢ノ丘と呼ばれた彼女を吉良が引き止めた。

「職権濫用はしないつもりでいたんだけど、僕の大事な人なんだ。彼女の生き方を否定しないで欲しい」

上官の言葉に青ざめた矢ノ丘は、肩を揺らし小走りに去った。

「悪い、尊敬してたんだ。多分、全てを」

そう哀しそうに謝る檜佐木。

「檜佐木副隊長は二人の方から出来ていますから」

まだその男が居た時に嬉しそうに語った檜佐木の口振りを真似る。

「ありがとな、こっち寄越す奴は変えるよう言っておく。矢ノ丘も悪い奴じゃねぇんだ」

「いえ、今までのことがありますから」

海子に悪かったと謝ると、また来ると自隊へ戻った檜佐木。

「吉良副隊長、仮眠室があります」


そう言ったのは隊員で、手の平で場所を指し示している。

「ありがとう、ほら。これは一週間後」

書類を手渡し、海子の手を引いた。

カタンと閉まる戸に様子を見ていた隊員たちは、大きく呼吸をした。

「海子ちゃんは十一番隊の立派な隊員だよ」

「そうだな」

集まった男の声の中、風鈴だけが高く鳴り、座卓には水滴が溜まっていた。

トスンと身体を落とす海子の前に、吉良は床に座る。

「全部言えたかい」

がさついた声に染まる海子は未だに、たおやかな声に慣れず、身体をピクリとさせる。

「はい。お荷物ですか」

零れた言葉は自身を傷付けた。

「馬鹿なことを言わない。四番隊は救護専門、十二番隊は研究開発兼任、戦闘専門がいて当たり前だ」
涙は乾き、泣きたくても泣けない海子の手を握り、温かいなと吉良は冷たい自身の指先を思う。

「ねぇ、海子。君があぁやって言えたことは、十一番隊にとっては凄く幸せなことなんだよ。分かるかい」

泣けない為に、荒くなる息に吉良は立ち、海子を引き寄せる。

「僕らと此処の隊花の意味は正反対。だからこそ成り立つんだ。僕は君が誇りだよ」

きゅ、と握り締められた死魄装は胸元が湿る。

「こんな薄っぺらい言葉で済まない」

こんな時まで後ろ向きな自分が嫌になるも、首を横に振る愛しい人に救われる。

ほらね、僕は君に救われるんだ、と。

「ほら、泣きやまないと。一角さんに笑われるよ」

泣いてないと敬語が外れる、それだけで吉良の胸は高鳴り、五月蠅い鼓動に呆れる。

「檜佐木副隊長…」

「大丈夫だよ、上手くやってくれるから。海子は気にしない」

甘えて良いんだよと頭を撫でると照れ隠しなのか、仕事に戻ると言う海子に微笑む。

「本当はね、あの時十一番隊は十一番隊の中でしか必要が無いのかもって思ったんだ。だけど、イヅ、吉良副隊長の言葉は嬉しかった」

はにかむ海子を吉良は、今一度と抱き寄せた。湿った死魄装が気持ち悪いと思わないのは、汗ではないから。

(そうさ
十一番隊に存在する君は美しい
十一番隊に存在する君が愛しい
十一番隊に存在する君を好きになったんだ
君がいるから、戦闘の意味を理解しようと決めたんだ)

(言葉は気休めにしかならなくても
君には更木隊長、草鹿くんに一角さん弓親さんがいる、隊員がいる)

(僕にも沢山の同僚や部下がいる
それでも、空白の席を見ぬ振りをする僕を必要としてくれる君がいる)

(ほら、アンバランスな世界に僕らは危なげに立っている)

(それでも
君を決して、離しはしない、必ず)


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