初めては前途多難


冷夏であった日々は過ぎ、少し冷たい風が吹き込むようになり葉が色付き始めた。

「松本はいるか」

隊首室から現われた日番谷は、ただ一人机に俯せる海子を目敏く見つける。

「終わったのか」

手拭いを頭に掛けていた海子は慌てて立ち上がる。

「はい、一通りは」

時計を見れば、定時間際。この時間に居ないとなると、と考えた日番谷は諦めた。

「少しばかりだが、終わって良いぞ」

首を回しながら乱菊の机から書類を取り上げる。

「あ、私に出来る範囲でしたら」

海倉は筆を持ち上げながら、背中に声を掛ける。

「いや、気にするな」

そう言う日番谷の顔には、乱菊への苛立ちが見て取れる。

「仕分けや宛名ぐらいなら大丈夫です」

微笑む海倉に日番谷は甘えることにした。

「松本、いるのかよ」

気怠そうに頭の後ろで手を組む一角に、弓親が分からないよと返す。

「大体、何で俺らが主催者を呼びに行くんだ」

ぶつぶつ文句を言いながらも、十番隊への歩みを止めない理由を知るのは弓親だけ。

「居るかな、海子さん」

口が笑うのを隠そうともしない親友に、うるせぇとだけ。そんな意味合いでは乱菊に感謝する一角だった。

冷夏であった日々は過ぎ、少し冷たい風が吹き込むようになり葉が色付き始めた。

「松本はいるか」

隊首室から現われた日番谷は、ただ一人机に俯せる海子を目敏く見つける。

「終わったのか」

手拭いを頭に掛けていた海子は慌てて立ち上がる。

「はい、一通りは」

時計を見れば、定時間際。この時間に居ないとなると、と考えた日番谷は諦めた。

「少しばかりだが、終わって良いぞ」

首を回しながら乱菊の机から書類を取り上げる。

「あ、私に出来る範囲でしたら」

海倉は筆を持ち上げながら、背中に声を掛ける。

「いや、気にするな」

そう言う日番谷の顔には、乱菊への苛立ちが見て取れる。

「仕分けや宛名ぐらいなら大丈夫です」

微笑む海倉に日番谷は甘えることにした。

「松本、いるのかよ」

気怠そうに頭の後ろで手を組む一角に、弓親が分からないよと返す。

「大体、何で俺らが主催者を呼びに行くんだ」

ぶつぶつ文句を言いながらも、十番隊への歩みを止めない理由を知るのは弓親だけ。

「居るかな、海子さん」

口が笑うのを隠そうともしない親友に、うるせぇとだけ。そんな意味合いでは乱菊に感謝する一角だった。

「この書類は目を通した、捺印を頼む。それが終わったら専用の箱に仕分け。討伐報告書の保管用の紙挟みが、一番上の棚にあるからこの山をしまってくれ」

指示を聞き漏らさないように書き留め、隊長印を借り受ける。

「悪かったな、予定は無いのか」

いくらなんでも、仕事を押し付ける形になったことを申し訳なく思う。日番谷はちらりと海倉を見る。

「大丈夫ですよ」

眉根を下げながら笑う海倉はそうは言ったものの、待ち人にあたる上司が戻ることを祈りながら手を動かす。

捺印は単純作業の為にすぐに終えて、無くさぬよう印を返す。仕分けをしようかと思った海倉ではあったが、日番谷の書類の山を見て先にファイリングをすることに決めた。

長机の上を使いやすいように片付ける。

すると、日番谷が来やがったと呟く。松本副隊長かなと顔を上げると同時に、扉が叩かれた。よく探れば、副隊長ではないと分かる。

「十一番隊、斑目と綾瀬川です。失礼します」

日番谷の入れという声に扉は開かれる。

「仕事じゃないだろう。松本なら居ない」

一息つきながら書類の山から顔を覗かせる日番谷に、二人は顔を見合わせた。

「時間になったら来るらしいんスよ。邪魔はしないんで、待たせてもらっても良いですか」

一角は言った。

「確保だな」

「逃げたんですね」

間髪を入れず日番谷と弓親は言った。各々、腰を下ろすと邪魔をしないように寛ぐ。せかせかと給湯室に駆け込み、戻った海倉はお茶を配る。

「ありがとな」

日番谷は一服だと言い聞かせ、椅子に身を委ねる。

「ありがとう」

微笑む弓親を綺麗だなぁと思う海倉から目を離せない一角を、弓親が小突く。

「んあ、ありがとよ」

所在なさそうにキョロキョロする一角の視線の先に海倉がいる。日番谷は気付いたことを少し苦々しく思った。

「隊長、足りなかったら新しいのをおろしますね」

海倉は、がこがこと椅子を足にぶつけながら棚の前に持っていく。

新しいのはこれか、と漁る海倉。ガサリと音を立て、棚から、海倉の腕から零れ落ちる紙挟みと書類。

まずい!

海倉は咄嗟に体を乗り出した。

やった!!

がしかし、そのせいでバランスを崩し、海倉を支える椅子も揺れる。

「海子!!」

日番谷が叫ぶと同時に一角は海倉の元へ手を差し延べた。

その筈だったのだが、聞こえてきたのは、椅子と床のぶつかる音と紙が滑る音にドンッという音。

海倉を掴まえようとした一角だったが、既に落ちていた書類に不覚にも足を取られ、海倉の腕を引っ張りながら倒れこんでしまった。

目をぱちくりさせる海倉、真っ赤になる一角。自分のそれがかさついて冷たいことが分かった。だと言うのに顔は熱い。

冷たいのは窓が開いてるからな、冷静に判断しながらも一角は思わず海倉の唇に触れた。重なった時と同じように冷えている唇に指を這わす。

何か言わなくちゃ、事故だ、謝らないとと海倉は頭をフル回転させる。それでも一角の指が心地良いと思えた。

「斑目、海子の下敷きになったのは勿論、感謝はしている。だが、それとこれは別だ」

身動きをしない二人に駆け寄った日番谷は、一角を睨み付ける。

「あ、いや、すんません」

慌てて海倉を抱き起こしながら立ち上がる。

ぼんやりとした面持ちの海倉を不思議に思いながら、弓親と共に書類を集める。

「日番谷隊長、もしかしたら」

含み笑いをする弓親に、日番谷は何となく的を射た。

「そんな筈ないだろう。馬鹿馬鹿しい」

そうは言いながら、海倉の後ろ姿を見ると、頭を垂れている為に紅く染まる耳と項が視界に入る。

「事実は小説より奇なり」

追い討ちをかけた弓親に、日番谷は今日一番の皺をつくる。

斑目三席の唇が、事故だから謝らないと海倉はどうにか火照りを抑え、一角に頭を下げた。

「いや、役得だ」

思わず本音を零す一角に、海倉は耳を疑った。

「斑目三席?」

海倉としてはファーストキスを事故で迎えたくはなかった。

どうしよう…

「なぁ、付き合っている奴でもいるのか」

複雑な表情をする海倉に一角は不安を覚えた。

「いえ…いませんよ」

「海子には悪いが、俺はこの感触、絶対に忘れねェからな」
真っ直ぐに見つめる瞳と、ぎりっと握られた拳は海倉の意識をさらう。

くさい台詞だと思いはしても、言われたことのない言葉というだけでこんなに心臓は五月蠅いのか。

海倉は俯いた、口の端が緩むのを見られないようにする為に。

柔らかい感触と空気で冷えた唇を指先に感じた一角は、忘れようがねェよと呟く。

好き、なんですか?なんて聞ける空気じゃないよね、海倉はどうしたものかと顔を上げられずにいた。

「おい、斑目。海子が好きなのか?」

唐突に疑問を投げ掛けたのは、この空気を打破しようと強行策に出た日番谷。勿論、弓親は微笑み寛ぐ。

「日番谷隊長、海子を借ります」

挑戦的な声音で一角は海倉の手を掴み、廊下に連れ出す。

「訳の分かんねェ調子で言っても仕方ねェんだが、俺は海子、海子海倉が好きだ」
海倉にとって、初めてのキスに初めての告白。

何か言ってくれねェか、と自分を見つめる一角の視線を海倉は外した。

喋ったことなんて少ねェしな…

仕方ねェかもな

一角は覚悟を決めた。

「うぅ…斑目三席」

鼻声の海倉に一角は慌てた。

「悪かった、嫌なら断ってくれ!」
「違うんです…キスも告白も初めてだから、どうしたら良いのか…」

困ったように顔を上げる海倉の目にはうっすら涙が浮かび、鼻を押さえる小さな手すら触れたいと一角は思った。

最高じゃねぇか

一角は手拭いを取り出して渡す。

「それならよ、試しに付き合ってみねェか」

「でも」

海倉の不安を感じた一角は提案をする。

「あー、友達以上恋人未満で。手は出さねェ」

子供をあやすかのように、一角は屈みながら、視線を合わせる。

「え、あ…よく分からないですけど、よろしくお願いします」

はにかむ海倉の言葉に、一角は更に付け足す。

「それで、俺で良かったら付き合ってくれるか」

目をぱちくりさせた海倉は、一角に手を差し出し、はいと笑う。

「よろしくな」

握手を交わす二人の影は一つに繋がる。

外の暗さから、廊下の明かりによる影は揺らめく。

「松本の飲み会には誘われてんのか」

一角は誘われていないならどうしたものか、と手を口元に寄せる。

「松本副隊長が斑目三席か綾瀬川五席に誘われたら来なさいと。そうでなくても、気が向いたらおいでと誘って下さいました。丁度、阿散井くんに話もあったので」

丁寧に手拭いを畳む手元から、一角は海倉の顔へと視線を移す。

「阿散井、仲は良いのか」

洗って返しますと海倉は言いながら頷く。

「同期ですから、向こうは副隊長ですけどね」

へらりと笑う海倉に、一角は阿散井に牽制をせねばと決めた。

ひとまず執務室に戻った二人を、日番谷は先程より深い皺を刻みながら迎える。謝る海倉に君じゃないから、と弓親が言った。

「さながら父親」と弓親は笑う。

「戻って来たな」

バンッと戸を開け放す乱菊に、日番谷はツカツカと近寄る。

「あらやだ、海倉が手伝ったの?悪いわねぇ。隊長、飲み会行きませんか?」

「松本、仕事はどうするんだ」

押さえた声にさえ怯まない部下に詰め寄る。

「大丈夫ですよっ!さあさぁ、行きましょうっ!一角、あんたはどうなったのよ?」

鍵束を掴んだ乱菊は、日番谷の首根っこを引っ掴む。

「あん?友達以上恋人未満ってやつだよ」

窓を閉める海倉に聞こえないように答える一角。

「あらやだ、弓親の方が当たったわね」

勿論さと笑う弓親に、乱菊は口を尖らせる。

「全く…」

全員が出た後、鍵をかけた乱菊はそれを日番谷に握らせながら尚、引き摺る。

手を引っ張る為に、親子のように見えるのは言うまでもない。

「隊長、可愛らしいですね」

緊張が解けた海倉は、一角に話し掛ける。

「言ったら氷漬けだな」

「私は大丈夫ですね、甘いんですよ隊長」

得をしているかのように自慢げに話す海倉に、一角は頭を悩ませる。保護者という名の壁に。

「隊長の為にも手をつなぎましょうか」

良い提案だね、と弓親は含み笑いをする。

「君達でやりなよ、丁度男女だしね。背丈も似合うよ」

馬鹿野郎っと蹴飛ばしたい衝動に駆られるも、手を繋げるという目先の人参に飛び付く一角。

少し冷えた海倉の手に、一角は海倉の唇を思い出し、顔が熱くなった。

「まるで兄妹ですね」

海倉の言葉に、息を切らせるかのように笑う弓親。一方の一角は、前途多難だなと聞こえないように闇に呟くも、顔の熱さは未だ消えずに。

それでも、明かりに浮かぶ影は一つ。


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