遅れてつぎはぎ


今日は檜佐木修兵の生まれたとされる日、よって男前で仕事が出来、それなりに構ってくれる上官となれば言わずもがなである。とは言え、本人にはそれ程自覚がない為、フェロモンが一人歩きをしている。

檜佐木修兵の同期兼部下である海子は苛立ちを見せていた。暑苦しい執務室に、ぶんぶんと五月蠅い扇風機だけががなる。

「斑目か阿近さんに頼むかな」

そこへ副官室から顔を出した檜佐木。お誕生日おめでとうございますとはにかむように女性隊員たちは各々言葉を紡ぐ。

「あ、そうか。ありがとな」

その殺人的笑顔をやめろと思うのは、五席に身を置く海子。別に奴が好きな訳ではなく、恋を辞めた私の前で舞う恋する乙女に対しての同族嫌悪を過去の自分と共にするからだ。手を休め、団扇を取り出す海子から檜佐木は取り上げる。

「どうされましたか」

怯むことなくもう一枚を取り出す海子。

「な、海子今日の夜空いてるだろ」

決め付けの一言に米粒程度に苛立つも、否定は出来ずに頷く。

「よし、付き合え」

「居酒屋ですかね、副隊長殿」

緩い風さえも心地好く感じる、風の止まったこの時刻。

「あ、それもそうだが、俺と付き合わないか」

腰掛ける海子の視線に合わせるよう、細長い体躯を屈める。

エイプリルフールじゃないからと思わず呟く。

「そりゃそうだ、まぁ考えておけよ。今夜八時にいつもの店」

それだけ言い残すと、呆気にとられた隊員と海子を置いて副官室に籠る。

その後、九番隊の執務が珍しく滞った。

その夜は至って普段と変わらず、むしろ意識する自分が恥ずかしいと、海子の思考はまともに働かずに終わった。

あれから一月になって漸く檜佐木がその話題に触れた。

「おい、返事は」

勿論、九番隊の隊員たちの前でだ。

「檜佐木副隊長、本気ですか」

海子からすれば、この言葉を発することは、自身が檜佐木修兵を意識していることを示す為、使いたくはなかった。

「お、一応な」

そう言ってのけた檜佐木は書類に目を通している。

「ちょっと!!」

思わず書類をひったくるも普段と変わらない表情。

「本気かどうかを聞くんだから、意識してくれてるんだろ」

読み取れない表情に海子は胸ぐらを引き寄せた。そして小さな音がした。

「そこに籠るのはやめろ」

副官室に飛び込んだ海子、檜佐木修兵の頬は可愛らしく赤くなる。

「会議あるから、終わったら帰っていいぞ」

何とも普段と変わらない檜佐木に、隊員たちは―ぱちり―と響いたアレは勘違いかと記憶を捩じ曲げようか悩む。

予定より伸びたのは、阿散井と乱菊の為に雀部からの説教を、何故か全員で聞く羽目になったから。

飲まれるように夕闇は濃紺へと姿を変え、ざわつく木々が幾らか啼く。

「開けるぞ」

副官室に足を踏み入れると、床に大の字で寝転ぶ海子。

本気だ、と檜佐木が告げると部屋は無音。二人は浸った。

「付き合うっていうこと」

疑問符が付かない海子の傍にしゃがむ。

「おう」

「付き合いが長く続いた例はないの」

不貞腐れた応答が静寂に存在する。

「知ってる、ダメなら別れて、もう一度言うから。また付き合えば良い」

その言葉に物好きと返す海子に、檜佐木は何で叩いたのか尋ねる。

「皆の前であんな風に言うから」

顔を隠す海子の手を引っ張る。床に死魄装が擦れる。

「手を出される前の先制攻撃、余裕ねぇんだよ」

尻すぼみになる声に身体を起こして尋ねる。

「そんなんで、長く続くの?」

「つぎはぎでも続けば良い」

見つめる目に根負けと手を上げる海子。気になる人になっちゃったみたいと呟く。ズリズリと引き摺る身体を檜佐木に寄せて、囁いた。

「一ヵ月遅れ、誕生日おめでと。宜しくね」

海子の後頭部を引き寄せ、俺次第と意気込む檜佐木に海子は身を委ねる。

つぎはぎの何が悪い
それだけ海子が好きなんだもし振り返ってくれるなら
それは、視界にいるんだろ
なら大丈夫だ





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