膝枕
路も店内も仕事終わりの死神で溢れている。
そんな中、斑目一角は一際大きな笑い声が聞こえる居酒屋の暖簾を潜る。
松本乱菊行きつけの居酒屋で、飲み仲間である一角は主人に挨拶をして奥座敷へと向かった。
既に出来上がっているのか、伸びている吉良の頭が見える。
「大丈夫か?」
「斑目しゃん…お疲れさまです、くふふふふ…」
出来上がってんじゃねぇか
早ェな、おい
「来たわねっ!!」
乱菊は隣りの阿散井にお酒を飲ませながら、海子にも勧めていた。
一角と海子は付き合って四ヵ月程で、お互い人前でいちゃつくのは苦手なせいか、それを知っている面子だから、あまり言葉を交わさない二人を不思議に思うこともなかった。
「海子、あんた明日午後からだったわよね?」
「はい」
冷や奴を崩しながら答える。
「隊長が新人の稽古を見るか、書類整理か決めておけだって」
「どっちもどっちですね」
「言えてるわね。午後からなら楽は楽よ〜」
海子は十番隊席官であり、なかなか一角とは休みが噛み合わない。
「心置きなくお酒が呑めるんで」
ニッと笑う。
その言葉を待っていたかのようにお酒の注文を飛ばした。
気付けば、海子はいつもの倍を口にしていた。
座ってはいるが、ゆらゆら揺れている海子に、見兼ねた乱菊が一角を呼んだ。
「こんなに呑むとは思わなかったのよ」
更に口にしようとする海子から、御猪口を取り上げながら言った。
なんだこりゃ…
「海子って明日は休みじゃねぇだろ?」
朝起きれんのかよ
「あら?明日は午後からよね」
「うん、午後からよ」
乱菊の口真似をしてへらりと笑う海子に一角は自分は非番だとぶっきらぼうに言った。
「良かったじゃないの!頼むわよ」
酔っ払いの面倒なんざみたかねぇなぁ
飲み過ぎなくて良かったぜ
「斑目三席…明日非番ですか?」
酔っているせいかイントネーションがおかしい。
「だって…午後からですから」
支離滅裂に話し、俯く海子に一角は場所を移動し、隣りに腰を下ろす。
「悪かったよ。顔上げろおら水飲め」
お冷やを海子に飲ませる。
赤くなった顔に首元がやけに一角の目を捕らえた。
ちっ
らしくねぇな
ふぅと息を吐き、海子は一角の目を見た。
「明日は非番ですか?」
「そうだ、昼前に起こしてやるから今日は泊まっていけよ」
頬杖をつく一角に、弓親は苦笑した。素直じゃないんだからと。
久し振りに会えるからって、飲み会を楽しみにしてた癖に
依然としてゆらゆらしていた海子は、思いがけないことを言う。
「一角さん」
は!?
耳を疑った。
二人きりの時にしか名前で呼ばない海子が、お酒が入っているとは言え、名前で呼んだのだから。
「酔っ払いどうした?」
もそもそと動くと、一角にきゅっと抱き付いた。
「なっ!こら海子っ!」
慣れていない一角は慌てて引き剥がそうとするも、見上げる海子の前に手は宙に浮いたまま。
「珍しいね、海子がこんな風になるなんて」
楽しそうに笑う弓親に助けを求めるも、当然傍観者を決め込む。
「海子?眠いんだろ」
まだ酔えてねぇんだけどなぁ
「呑んでて、下さい」
海子がしきりに呟く。
「呑んでいきなよ。どうせ持ち帰るのは一角だしね。海子にしたら自分のせいで一角が楽しくないのはイヤなんだろ?」
弓親の言葉に頷く海子。
「ったく!なら降りろ、呑めねぇだろうが」
弓親だ、松本がいる前でいちゃつけるかよ
「はい」
降りると少しだけ離れて、松本と檜佐木と呑み始める。
元から飲み過ぎている海子は、ちびりちびりと呑むも、どうしても眠気には勝てないらしくウトウトしていた。
少し横になろうと、キョロキョロすると場所を見つけ、ふらふらと横になった。
一方、一角は射場と呑み比べをしていた。
その最中、「うおっ!」と声を上げる一角。
「なんじゃあ?」
向かいに座る射場が身を乗り出す。
「海子か?寝とるんかの」
胡座をかいた一角の足に頭を乗せている海子。
なんなんだよ一体…
「おい、起きろって」
御猪口を置き、頬を軽く叩く。すると乱菊が一角の頭をはたいた。
「少しは甘えさせてあげなさいよ。久し振りに会えたから嬉しいって言ってたわよ」
檜佐木は面白がって海子の顔を覗く。少し足を動かせば、幼い子がむずかるようにいやいやと死魄装を掴む。
「仕方ねぇなぁ」
海子が心地良い場所になるように足を動かすと、満足そうにまどろむ。
確かにこいつとは最近まともに会えてなかった。
だけどお互いに仕事が忙しいことは分かってた。
午後から仕事なのも、俺が非番なのも久し振りか…
海子を連れ帰らなければならない一角は、それ以上呑む気にはなれなかった。
とは言え、不思議と不満にはならなかった。
ぼんやりと横顔を見つめると思わず触れたくなる。顔に掛かった髪をかき上げる。
人の気も知らねぇと…
くすぐったそうに笑う海子に笑みが零れる。
「一角、手つきがやらしいよ」
弓親の声で一角は顔を上げた。どうにも言いたいことは、かき上げた髪を、さらりさらりと梳いていたことらしい。
自分の世界から戻った一角が辺りを見回すと、お開きにした方が良いだろうという惨状。
足元が安定している人間が、何体かの泥酔状態の人間を担ぎ店を出る。もちろん海子は一角におぶさられて。
足痛ェなぁと先程の海子の頭の重みに苦笑しながら自室に向かう。
「起きたのか?」
もぞもぞと背中で動く気配に尋ねる。
「一角さん一緒に寝たいよ」
音もない中、響く。
独り言のように声を絞り出す海子。
胸が苦しくなった。
いつもはそんなことは言わねぇのにな
もっと言ってくれよ
甘えろよ
俺の前でだけ、好きに振る舞え
受け止めてやるから
だから下を向くな
肩口に、雨が降っているわけでもないのに湿った感触
温かな、温かな、寂しげな感触
明日は雨が降らねぇかな
俺の傘を貸してやるから隊に置いておけよ
それじゃ駄目か?
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