もっと
蒸し暑い梅雨から、カラリと晴れた夏に差し掛かった今日この頃。彼らが暑いからとバテることはなく、むしろその有り余る元気は何処から来るのか、と他隊の人間は思った。彼らとは十一番隊だ。
「おい、一角いるか?」
足音荒く執務室に入った隊長更木剣八は、部下斑目一角を呼んだ。
「明日から四番隊に通え」
隊長が立っているにも関わらず、未だに椅子に腰掛けて呆けている一角を剣八はギロリと睨む。
慌てて立ち上がった一角は尋ねる。
「四番隊ですか?」
面倒臭そうに更木は答えた。
「卯ノ花に頼まれたんだよ、備品の修理をな。テメェなら器用だろうが」
はぁと気の抜けた声に釘をさす。
「うちの馬鹿共のせいで俺たちが迷惑被ったんだよ!ちっ、躾しておきやがれ!!弓親にでも言っとけ」
それだけ言い残すと、あとは任せたと隊首室に籠る。
そして今、卯ノ花から経緯と言う名の説教と説明をされている。
「では、第五救護室でお願い致します。中に海子さんが居るので聞いて下さい。頼りにしていますよ斑目さん」
正直なところ、物を作ったり修理すんのは嫌いじゃねぇ
だけど面倒くせぇもんは面倒くせぇ
開け放された扉の前で声を掛ける。
「おう、卯ノ花隊長に頼まれたんだけどよ」
ぱたぱたと足音をさせてきたのは、四番隊海子海倉十二席。
「はいっ、お話は伺っています。どうぞ」
促された先には台車から踏み台に棚と諸々の山。
なんだこりゃ…
「ではお願い致します。私は奥で棚の整理をしていますので、休憩を取られるようでしたら声をかけてもらえますか」
ちっせぇなぁ
見上げるように話す彼女を見て一角は思った。
お互い別々の仕事をしている間にも、人の出入りは多かった。
「海子さんいる?この箱のチェックだってさ。あと台車これもね」
「これって荻堂さんの仕事なんじゃ」
箱の中身を見る。
「良いじゃないか、この前フォローしてあげたじゃないの」
「うっ!分かりました。奥に斑目三席がみえるのでお願いして下さい」
げ!まだあんのかよ
おいおい…
散らかしているところに新たなる台車
「多いだろ」
溜め息混じりに漏らす。
「まぁ、大概十一番隊さんに巻き込まれた被害者ですよ」
相変わらずの淡々とした口調
伊江村を狙ってるようには見えねぇけど、どっかしら弓親と同じ匂いがしやがる。
「相変わらず掴みどころねぇなぁ、どうせ卯ノ花隊長に進言したのもてめぇだろ」
にへらと笑いながら、手を上げる。
「お願いしますね、卯ノ花隊長が壊れている物を探させていますから」
ちっ、やられた
いいなぁ
私も入りたいなぁ
もっと恐い人かと思ってたけどそうでもないんだ
「おら、あるならさっさと持ってこい」
そう言いながら荻堂を追い立てて、海倉のいる方に出てきた。
荻堂さんたら人からかうの好きだなぁ…
「休憩して良いか?」
荻堂を見送っていた海倉に、一角は声を掛けた。
やっぱりちっこい
「ちっせぇ」
思わず声に出していた。
あーと口を押さえると、少しムッとしていた。
「もう慣れていますから、今麦茶持ってきますね」
麦茶を差し出す海倉は、手ぬぐいも差し出した。
「なんだ?」
麦茶を一気に飲み干すと、受け取った手ぬぐいを見る。
「汗っかきなんで私のを取りに行くついでに、斑目三席もいるかなぁと」
そういうことか
「悪いな」
まさかこんなに暑いと思ってなかったからなぁ
助かったぜ
手ぬぐいを広げると、少しパリッとしていてふんわりと匂いがした。
「新品か?」
新品なんか出してもらうなんざ、悪いな
「いえ」
違うのか?
明らかに顔つきが変わった一角に、慌てて言葉を繋げた。
「私、ふわふわしてるよりパリッと乾いている方が好きなんです。」
まずかったかな
やっぱりふんわりの方が良いよね
「なんだそうか新品だったら悪いなと思ってよ。洗って返すから」
そう言って、手ぬぐいを頭に被って縛る。
「凄い似合いますね」
これは色気に入るのかな?
「そうか?男なら大抵こんなもんだろ」
「でも朽木隊長は違うと思います」
そうきたか
「いや、前に見たんだけどよ海賊っつうの?あんなんだったら似合うんじゃねぇか?」
どうにも想像がつかないと言う海倉に、明日持ってくると約束を取り付けた。
どっかに現世の映画のチラシあったはずだよな
「ありがとうございますっ」
嬉しそうに笑う海倉に、少しだけ胸が高鳴った。
少しだけだぞ
どうにもこうにも机や椅子までもってこられる始末。
やられたぜ
やるしかねぇよなァ
仕事をして、休憩には海倉と話す、そんなサイクルは仕事が終わる日まで続いた。
>翌日十一番隊に顔を出しした一角に、弓親は不敵な笑みを浮かべた。
「なんだよ?」
「暴れるのは仕方ないけど、必要最低限は躾をするつもりだよ」
「おぉ…」
可哀相なやつら
一角が第五救護室に向かうと海倉一人。疑問に思った一角は尋ねた。
「あはは、この前十一番隊の方に啖呵を切っちゃったんです。荻堂さんのフォローもあったんですけど、自分で言ったらまさかの整理です」
なるほどな
「悪いな」
「そういう意味じゃ!」
焦る海倉を見た一角はふと、もっと話していたいと思った。
思ったら即行動、と出来るだけ海倉と話せる位置で仕事を片付けていった。
とは言え、衛生用品もある訳で、奥に引き籠もる時間の方が多かったし、一角自身も一から作り直せと言わんばかりに用意されていた材木を組み立て直さなければならず、金槌の音が響くこともしばしばであった。
救護室だからこそ、陽当たりが良いために、汗はだらだらと体を伝う。
あっちぃなぁ…流石にそろそろ
一角が時計を見れば、丁度良く針は正午過ぎを指していた。
声を掛けに行くと、海倉もそろそろと思っていたらしく、片付けをしていた。
「おら、これだよ昨日言ってたやつ」
海賊映画のチラシを差し出す。
興味津々に見る海倉。
「確かに有りですね」
にっと笑う。
どうにも目が離せねぇ
「阿散井くんとかも似合いそうですよね。檜佐木先輩も!あー吉良くんはどうかなぁ」
「阿散井達と同期か?」
「はい、ルキアちゃん繋がりで阿散井くんで、そこから檜佐木副隊長は最近ですけどね」
「そうか」
こんな他愛もねぇ話なのにな
もう少し喋っていてぇ
なんてな
一角は午後いっぱいを使って、幾つかあった棚を全て仕上げた。
元々、棚自体は少なかった台車や踏み台の数を数え、ひどいものさえ来ない限りそれほど掛からない量。
高を括っていた一角は、翌日悩まされることになる。
仕事を頼まれて四日目の昼下がり。海倉は大きなカーテンを引いて更には間仕切りを立てた。
なんだ?
「今、救援要請が出たらしく、通常業務に支障が出ないように第五で患者を振り分けて欲しいそうです」
それなら作業しちゃなんねぇな
「だったらその間、休憩させてもらうぜ」
道具を片付け、埃を立てないようにさっと掃く。
「ありがとうございますっ」
奥に行った方が良いのか?
所在なさそうにしている一角に、海倉は丸椅子を勧めた。
入ってくる隊員から様子を聞いた海子は、今日に限って割り振られている救護室に回していった。
一人の隊員が棘をさしたらしく、海倉に成り行きを話す。
「一応自分でも取ろうとしたんスけど、取れなくて」
そう言いながら指を差し出す。あらあらと言いながら、棘抜きで何とか抜く。
「一応、絆創膏渡しますね。あと名前を記入して下さい、どうぞ」
隊員が記入をしている間に、海倉は絆創膏を探した。
あれ?無いや
ストックがあったはずなんだけど
一角は先程までまどろみかけていたが、棘抜きを終えたあとの二人の歓声に引き戻された。
踏み台を用いても、少し背伸びをしなければ届かない高さにしまわれており、海倉は爪先立ちになりながら箱に手を伸ばす。
探し物か?
ったく言いやぁいいのに
余りにもふらふらしている海倉の体が傾く。
ガンッ―
踏み台が滑り、棚に当たる。
「うひゃぁっ!!」
後ろに落ちる!そう思った海子はお尻や背中ではなく、額にに痛みを感じた。
「ったぁ!」
「悪ぃっ」
海倉が額を押さえながら、声のする後ろを振り返る。
片方の手は棚の箱を抑え、空いた手は海子の背を支えていた。
ひとまず降りようと踏み台を降りると、さっきより見上げることになる。
斑目三席って背高いんだ
棚から取り出した箱を海倉に手渡す。
「ありがとうございます」
「でこは大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
少し赤くなった額
思わず一角は手を伸ばした。
何してんだよ…
「おらよ、待ってるぞ」
つんと額を突くと、丸椅子に戻っていった。
長い指だったなぁ
「あの…」
「はい?」
「こっちの指です」
手元を見れば、貼るべき指ではない。
「すみませんっ!」
そんな海倉を見ながら一角は考えていた。
その日から三日後、一角の仕事は最後の日だった。
「ちょっといいか?」
こっちへ来いと呼ぶ一角。何事かと向かえば使え、と差し出された踏み台。
「あれじゃ低いだろ?少し高くしたからな」
うそ凄い
「でも…」
「あ?お前用だぜ。頑丈にしてあるからな」
にやりと笑う。
眉間に皺を寄せた海倉に、冗談だよと笑いながら言い、頬をかく。
「まぁ、なんだ使いたけりゃ使え」
柄じゃねぇなぁったくよ
「ありがとうございますっ!!」
嬉しそうに眺める海倉。
こんな顔見られるなら儲けもんだな
「卯ノ花隊長に挨拶してくるからよ、また怪我でもしたら指名してやるよ。じゃあな」
手をヒラヒラさせながら、救護室を出ていった一角。
また顔出してぇな
あいつらの付き添いすっか
そんなことを考えている一角には、この後待ち受けているモノを知らない。
「あら、斑目三席余分な請求がありますね。どういうことでしょうか」
笑ってはいるが、嘘を吐かせないその笑みに一角は固まった。
こまけぇなぁ
こえぇな
「失礼します」
「どうぞ」
荻堂助かった!解放されるぜ
卯ノ花に耳打ちする荻堂。立ちつくす一角。
「あら、そう可愛い隊員のためなら仕方ないですね斑目三席」
話が見えない一角は、当然訳が分からない。
しかし、隣りに立つ荻堂は卯ノ花には負けるが黒い笑みを浮かべていた。
「海子さんは喜んでいたでしょうね。」
「んなっ!!どうっ、それ!」
妙な慌て方をする一角に、二人は確信を持ったのか顔を見合わせる。
「まぁ良いでしょう。皆も喜んでいます。またよろしくお願いします」
「はい、では失礼します」
荻堂あいつ!なんなんだよ!!
卯ノ花隊長だもんな
「斑目三席知りたいですか?」
いつの間にいたのか、不意に問われる一角。
「海子さんが話したんですよ。嬉しそうにね」
「そりゃ…」
「本当ですよ。まぁ海子さんを泣かしたら、ただじゃ済まないでしょうね」
今、自分達が出て来た部屋を見ながら言う。
「それだけですよ、綾瀬川さんによろしくお願いします」
やっぱり同じ匂いじゃねぇかテメェら
斑目三席がわざわざ作ってくれた
また話したいなぁ
最近気付けば斑目三席のことを考えてる。
もっと
もっと話したいなぁってね
聞き上手だからたくさん聞いてくれる。
「海子十二席、不気味だからね」
にゅっと顔を出す荻堂。
荻堂さん
「はい、ご指名だよ」
入ってきたのはまさに海倉の脳内渦中の人。
救護室に二人きり。
あんなに話したいなぁって思っていたのに
「なぁ」
不意に掛けられた声に、手元から顔を上げる。
「なんか話せよ」
そっぽを向いて、ぶっきらぼうに言う一角がおかしくて笑う海倉。
それを皮切りに他愛もない話をしては、笑い合った。
もっと
もっとだ
話をしてこのままでいてぇ
もっと
もっとね
近くにいて話したい
今、考えりゃ突然すぎた
「海子、あのよ今夜」
「海子さん、ご指名綾瀬川さん」
荻堂っ!
海倉と言えば、そんな一角を余所に二人を招き入れる。
仕方ねぇ
「じゃあ行くぜ、ありがとよ」
立ち上がった一角は引っ張られた。
何かと見れば、海倉が袖を掴んでいた。
一角がそれを見ていると、すみませんともごもご謝りながら手を離す。
惜しいと思うのは俺だけなのか
「あ、さっき何を言いかけてたのかなと思いましてですね…」
「あぁ、あれだよ…飯でもどうかと思ってよ」
瞳をくりくりさせながら、にぱぁと笑う。
副隊長みてぇな笑い方だ
「それは良いね」
あぁ!?
「確か今日は僕も海子さんも定時上がりですからね」
ちょっと待て!!
「楽しみにしてますね」
テメェら覚えときやがれっ!!
それでも嬉しそうに笑うお前がいるなら、良しとするか
あの時引き止めたくらいで期待するのは、自惚れか
「いつかは二人だけじゃダメか」
海倉を指名しにきた筈なのに、結局話し込んで、荻堂が面倒を見ている。
海倉の腕を掴み、耳元で囁く一角に、こくりと頷く海倉の耳は赤い。
期待するからな
今は言えねぇけど
その時には絶対言ってやる
少し触れた唇が熱い
あからさまに喜んじゃった
荻堂さんが来るなら少し安心かな
触れた腕が
触れた耳が熱い
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