隊花


男性特有の部屋、その中にさり気なく小さな鉢植えがあるのは、家主らしい。ふわふわと揺れるカーテンを見とめ、外は既に月が光を放っていた。

ぱたぱたと焦る足音が聞こえると、カタンッと戸が開く。

「ごめんね、待たせて」

申し訳なさそうに部屋にあがるのは、家主の吉良イヅル

「こんな時間の呼び出しでしょ、気にしないで」

ひょっこり顔を覗かせながらはにかむ。

「海子、今日はどうするんだい?」

海子に話し掛けながら、窓を閉める。

「明日は非番なの、珍しいでしょ。檜佐木副隊長が無理矢理ね」

その言葉を聞いた吉良は、ふっと意識を海子から解いた。
「それなら泊まっていかない?」

座ろうとしていた動作をやめ、立ち上がる。

ありがとうと微笑む海子に、吉良は複雑な表情を浮かべた。

「着替えだけしてくるね」

と奥に行き、手早く着流しに着替える。

「ねぇ、明日行きたいところがあるの」

部屋越しにも通る彼女の声に返す。

「どこ?」

「小物屋さん」

帯を絞める手元が止まった。
-「珍しいね」

「髪、切ったでしょ?だから簪じゃなくて髪留めが欲しくて」

海子の元に戻ると、さっきの声とは裏腹に真剣な顔で吉良を待っていた。

「何かあった?」

よいしょなどと呟きながら座る吉良に、いつもならやだなぁと笑う海子がいた。

でも今日は違った。

「現世任務はいつから?」

まなざしとは反対に優しい声色

「檜佐木さんかな…明後日」

「そっか…約束ね?」

視線がお互いを捉える。

「あなたは一人じゃないから…だから一人で戦わないで」
思い詰めたように零す海子。
思えば市丸隊長が離叛してから仕事の量や権限代行が増えた。

一度体調を崩しかけた僕を捕まえて言ってたね

あなたは一人じゃない
三番隊のみんなもいる
手助け出来る隊もあるの
と少し前なのに懐かしいな
-「大丈夫だよ」

吉良は海子の頬を指先でなぞりながら続ける。

「海子が、みんながそばにいるから、だから待っていて」

「うん」
、色とりどりの簪や髪留めが並ぶ。小振りなものから、少し大きめのもの。海子はその周りをくるくる回る。
たまに足を止めては、眺める。

海子は足を止めて、ぱっと所在無さげな吉良に目を向ける。
ちょいちょいと手招きをする海子に導かれる。

指をさす先には淡い色の髪留め。
「これが良いの?」

海子が選ぶには意外だったのか思わず聞く。

「ん…似合わないかなぁ…」手に取り翳す。

「こういう色じゃなくて良いの?」

今、海子が使う淡い桜色の髪留めに目をやる。

「良いのっ」
女の子って分からないなと呟く吉良に苦笑しながら、海子は言った。

「白罌粟だもの、白だし明るいでしょ。白いもの髪留めで持ってないの」

札を見れば白罌粟と書いてあった。
ふと気付く。

「隊花じゃないか…でも忘却って…」

複雑な顔をする吉良を傍目に、海子は早々に代金を払いに行った。

そばにあった髪留めには金盞花の名

「確かに別れの悲しみなんて身に着けて欲しくないかもね」

「慈愛の花言葉もあるの」

手に小さな包みを持った海子が横から覗き込む。

「綺麗だよね…帰ってきたら、ねっ」

にっと笑う海子からの滅多に無い頼みごと

叶えないとね


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