一緒


「おはよう修兵」

「海子、早いな…おはよう」

「食べていく?」

眠いと言いながらご飯を食べて身仕度をして、修兵は朝から副隊長の会議があるからまたな、と言って出ていった。

立て付けがあまり良くない戸はガタッと音をたてて閉まった。

海子は溜め息をひとつつき、後片付けや身仕度を終え自らも詰所に向かった。

九番隊第三席の海倉海子と九番隊副隊長である檜佐木修兵の間には、甘い関係などはない

修兵は、隊長がいない九番隊を切り盛りせねばならず、以前より倍以上の隊務をこなさなくてはならない。

(今のオレにとっちゃ、海子は何より助かる存在だ。冷静に判断を下すし、隊員たちの面倒をよくみてくれて、男にも女にも人当たりが良いから好かれて。大切な存在ってか、隊にも俺自身にも)

修兵は、独り言ちた。

(私と修兵が甘い関係になることはないんだろうな。修兵が私の部屋に泊まる理由は、仕事があるからだし。それ以上の気持ちはない、少なからず修兵にとっては。

海子と修兵は学院時代の同期で、海子がこの気持ちに気付いたのは卒業してからだった。

既に席官入りした修兵は、海子には遠かった。追いつかなくちゃ、そう思い力をつけてやっと三席をもらうと同時に九番隊への異動が下った。

しかし、九番隊に配属されてからは、修兵との距離をより感じていた。学院時代みたいにふざけ合うことなんて、ないかと。

海子は、もぬけの殻となった布団を仕舞いこみ、身支度を整える。

それでも海子は、修兵の力になりたくて、雑務だろうが出張任務だろうがこなした。修兵に釣り合うように。


そんなある日の昼、食堂にて海子は現実を突き付けられた。

「檜佐木副隊長!あの、海倉さんと付き合ってるんですか?」

「海子?何で?」

「下の名で呼んでますし、部屋から出てくるのを見たんです」

修兵は納得したのか、あぁと答え出した。

「昔からだし。部屋には仕事を片付けるために行ってるだけだ」

「そうなんですか。ありがとうございますっ」

そんなやり取りを少し離れた席にいた海子は、いつものことだからと理解しつつも突き付けられた現実を受け止めて、黙々と食事していた。

一緒にいた乱菊は海子、と呼んだ。海子は箸を置き、先手を打つように先に口を開いた。

「私は、修兵の傍に居られれば良いんです。例え仕事でも」

「海子、そんなこと」

これっぽっちも思ってないですよ、本当は、と笑えば何故か乱菊が悲痛な表情を浮かべた。

「言わないの?」

「修兵にとってはしっかりものの私が良いんです。今、私が修兵に気持ちを言ったら大変なことになっちゃいますよ」

自嘲気味に話す海子はいつもの海子で、仕事があると席を立った彼女を見送った乱菊は、唇を噛んだ。

(楽しそうに笑った海子を見たのはいつだったかしら。修兵の傍にいる時はいつもあんなよね。あの子から修兵が好きだと聞いた時、海倉の目はイキイキしていたのに。修兵が好きだっていう気持ちが満ち溢れて)

乱菊はあどけなさが残る過去の海子を思い出し、クスリと笑った。

(そうだ、アイツが副隊長職に就いてから。何かを押し込むように仕事をして、実績を上げて。それでも九番隊に異動になった時は嬉しそうだったっけ)

修兵との関係は仕事だけで、できる部下でいたいんですと海子がそう零したのはお酒の席だ。

こんなのを見せたら幻滅されると、俯いて。

どうにかならないのかしらと乱菊は午後の始業の鐘が鳴ると、もういない海子の悲しみを湛えた顔を振り払った。

乱菊を残し隊に戻った海子から遅れながらも、修兵も午後の執務に取り掛かる。

「檜佐木副隊長、こちらの書類に印をお願いします。あと流魂街への任務がきています。」

「あぁ、分かった。ほらよ」

「ありがとうございます」

開け放している副隊長室を後にし、海子はいくつかの書類を各隊に届けようと詰所を出た。

海子が六番隊に向かうと、扉の前で恋次に会った。

「先輩」

「阿散井副隊長、書類を届けに参りました」

おどけた口調で言う海子に、やめて下さいよといいながら苦笑いを浮かべる後輩。

「そういえばルキアとはどうなの?」

海子が恋次を茶化すのは、いつものこと。

「先輩それ聞くの好きっスね」

楽しそうじゃない、と海倉がふふっと口元を隠す。

「先輩、もしかして」

凄いねと呟くと探るように顔を覗きこまれ、いつものことと昼の話をした。

「言われちゃった。私とはそんなんじゃないって。食堂で女の子に聞かれてね」

「先輩…」

「はい、これっ!よろしくね」

気にしてない訳ねぇでしょう

恋次は、小さく遠ざかる先輩を思い、修兵の押印を恨めしく思った。

海子が自隊に戻ると、修兵が女性隊員に捕まっていた。

よく見ると手作りの弁当で、お夜食にでもと声が聞こえた。

(私のご飯は要らないか)

いつものように定時に終わらせ、さっきのこともあったが海子は修兵に声を掛けた。

(要らないだろうけど)

「分かった。お疲れさん。また夜に邪魔するわ」

「分かった」

「おぉ」

書類の山の隙間から見える見慣れない包みから目を逸らし、海子は執務室に背を向けた。

海子は自分の部屋に戻り、灯を点けて台所に立った。

何かしていないと、とごまかすようにトントントンと包丁を動かし、ふつふつと鳴る鍋の火を調節。

ふんわりと漂う夕飯の香りに混じって、包丁や鍋の音がだけが海子の聞こえていた。

いくら普段から気持ちの在り様に慣れてるとは言え、ぼんやりしていたようで滑った包丁が海子の指を切る。

(思ったより深い、どうしよ…)


そんな時入るぜと聞き慣れた声。返事をしながら戸に向かうと、どうやら血が垂れていたらしく、何やってんだよと指を捕まれた。

トクントクンと血が出ているのが分かり、呆ける海子を座らせ、修兵は止血した。

何かあったかと元凶に聞かれ、海子は無いよとしか答えられなかった。

「ご飯どうしようか?」

「そうだ、弁当もらったんだけど食うか?」

(そこで聞く?他の女の子の手作り、眼中になければそんなウキウキしないものね)

「何言ってんの?修兵にって作ってくれたものでしょ?それに私もご飯まだ出来てないし…食べたら?」

「そうか?」

「ていうか…たまには帰ったら部屋?」

「いきなりどうした」

「だってさ…間違えられたら困るでしょ」

「あぁ昼のか問題無いだろ?」

「結構キツいよ?」

「悪い!!海子も好きなやつにバレたら困るよな。考えるべきだったな」

「まぁ…そんなとこ」

血が滲む。

「じゃあまた来るわ」

「そうして。ごめんね」

涙が出そうになる。送り出すまで待って、と。海子の霊圧が乱れている。

調子が悪いだけかと修兵は気にも留めなかった。部屋に戻り、包みを開くと名前が書き込まれた紙が入っていた。

(十番隊所属か…味は悪くないし、美味い方だとも思う。だけど海子の味の方が俺好みだな)

朝一にでも返しにいくかと独り言ながら洗って元の通りに包んだ。


朝一に十番隊に顔をのぞかせると昨日の女がいた。

声を掛けて、礼を言い弁当箱を返して九番隊に戻ろうとしたところを修兵は、乱菊に捕まった。

「修兵何やってんのよ」

「乱菊さんおはようございます」

「で?」

「でって…昨日弁当くれたんで返しに…」

「昨日は海子んとこ行ってないの?珍しいわねぇ」

「いや行ったんスけど」

そう言いながら修兵は昨日の件を話した。すると乱菊は、壁に体を預けて大きな溜め息をついた。

「バカだわ…」

「確かに俺もあの子に対して悪かったなぁと思…」

「違うわよ、意味合いが」

「へ?」

(間抜け面)

「いつもご飯を作ってもらってる海子にすることじゃないわって言ってんのよ」

「そうっスね」

「まぁ良いわその内気付くから。さっさと行きなさい」

「松本ォォォォ!!」

「やば!じゃぁねっ」

「はい…」

訳が分からないなと悩みながら自隊に戻るといつも通り、海子がいた。

「檜佐木副隊長遅いですよ」

「悪かったな」

書類をこなして指示を出して隊務をこなすと、いつの間にやら昼時だった。

いつもなら声を掛けてから、個々に食堂に向かう海子が見当たらなかった。

なんだと思いながら食堂に向かう途中、海子が中庭に立っていた。声を掛けようとすると、男性隊員が現れ、そいつに頭を下げていた。

聞いちゃ悪い、とも思ったが気になり霊圧を抑えて隠れた。

「お待たせしてすみません。お呼びしておいて…」

「大丈夫ですよ」

「いきなりなんですが…そのぅ…」

落ち着いて下さいと笑う海子。

(海子のあんな笑顔久し振りに見たんじゃねぇか)

「あははは…そのですね…」

「はい」

「海倉三席は檜佐木副隊長とお付き「してませんよ」」

「そうですか」

(なんで食い気味に答えるんだよ…気分悪いな)

「もしよろしければ僕とお付き合いして頂けませんか?ずっと海倉三席に憧れていて、女性としてももちろん…好きです」

何だかなぁ…背後に気配を感じてみれば、乱菊。ニヤニヤしながら覗き修兵を見ていた。

「どうするのかしらねぇ」

「そうっすね」

「あんた興味ないの?」

「いや、ありますけど」

「けど?…まぁ良いわ先に行くわっ」

修兵が二人に目をやると海子が頭を下げていた。そして手を差し出し握手をしているはにかんで。

そこまで見た修兵は踵をやっと返し食堂に向かった。食堂で海子を見掛けたが声を掛ける気にはなれなかった。

(イライラする)

定時も過ぎて日も沈んだころ、一段落した修兵は残業中の何人かの隊員をご飯に誘った。

するとそのうちの一人が、海子さん待ちませんか?今七番隊に用事だそうですがと立ち上がった。

「ふーん」

月明りがぼんやりと出て、中庭が照らされている。感傷に浸ってんのかと言いたくなるくらいもやもやする。

「男と飯にでも行くんじゃねぇの海子は」

「えっ!!!」

「檜佐木副隊長と付き合っているんじゃ!?」

「ショックだなぁ」

「誰だろ?」

(こいつら好き勝手言ってら)

キィィと戸の軋む音がした。ふいっと戸の方を見れば海子がいた。

隊員がさっきの話を蒸し返す。すると見られてたんだと恥ずかしそうに笑う。

(またそうやって笑うんだな)

「行ってこいよ」

修兵が言った瞬間、海子の顔はこわ張った。

「違うよ」

「何がだよ?」

「そういうのじゃない」

「端から見りゃあんなんそう思うだろ」

「修兵が見てたのね」

海子は俯いて手を握り締めた。昨日切った傷口から血が滲む。霊圧が揺れる。

「別に俺に断る理由無いだろ」と笑いながら言った。

「…んなこと」

「どした?」

「そんなこと分かってる!!!修兵が私を部下だとしか思ってないことなんて!!!私が修兵に断る理由なんてない」

「どうしたんだよ?」

「何でもないっ」

何なんだ一体…怒鳴る海子を見たのもどれくらい振りだ?

「ごめん…帰るね。」

呆気にとられている隊員達に頭を下げて、海子は出て行った。

「あぁ…悪い行けねぇや」

頭をくしゃっとする修兵に隊員達は苦笑しながら言った。

「副隊長、海子さんはいつでも副隊長だけを見ていましたよ」

「てっきり両想いだとばかり」

「全くあんたもバカねェ」

声のする方にみんなが目を向ける。

そこには腕を組んだ松本乱菊がいた。

「あんたの気持ちは知らないけど特別であることには変わりないと思うから言っておく。海子が誰かと付き合ってあんたは平気?平気なら中途半端に構わないことね。きちんと親友として境界線を引きなさい。」

それだけ言うとじゃぁねぇ、と立ち去っていった。

それに倣うかのように隊員達もそれぞれ後にした。

例えば、アイツに彼氏が出来たら部屋に行けなくなる
飯も食えない
下手したら名前も呼べないだろう
俺には見せないような顔を見せるのか…
ちっ…

霊圧を探れば自室に居ることが分かる。

部屋の戸に触れれば開いている。

立て付けの悪い戸は鈍い音を立てる。

「海子?居るんだろう…」

「…んさっきはごめんね。八つ当たりしちゃった。もう大丈夫だから」

真っ暗な部屋で壁にもたれ膝を抱えている。

修兵は向かいに座り、海子の手に触れる。

「一つだけ言わせてくれないか」

海子から返答はない。それでも修兵は続ける。

「お前には傍に居て欲しい。よく分かんねぇんだ。だけど俺が知らないからこそ…海子を他の奴等に見られたくないし…味付けも海子の方が良い」

何それと呟く声が聞こえた。悪いと零れる。

「ねぇ、チャンスはあるの?」

「つか、離れるなよ」

何を言っているの、修兵

「期待していいの?」

「こんな中途半端じゃダメだな」

そう言って俯く。

あぁ…傍に居過ぎてお互い分からないんだ。

でもまだ遅くはない海子は手を伸ばした。

修兵はその手を取った。

「一つだけ分かるんだ」ぽつりと言った。

「何…?」

「海子が大切だってこと。誰にも渡したくねェ…自分勝手なことだって分かってんだ…だけど一緒にいてくれ…」

「…う…ん」

そうか私たちはまだまだ進めるんだ…
こんな不器用なカタチでも伝えられるんだ。
それでも良い
彼が私を見てくれるならば…


「なぁ彼女になるってことだろ?」

「いや、その、良いの?」

「海子だけだ」

「…じゃぁお願い…」

「何だ?」

「お弁当作って良い?」

こんなキャラだったのかっ!!もちろん喜んでっだろ?

「なぁアイツは良いのか?」

「アイツ?」

「告白…の」

「きちんと断ってたんだよ?」

「握手してたじゃねぇか…」

「聞いてくれてありがとうって手を出すから握手しただけだよ?」

「ふーん」
手を握るあなたの力強さが心地よい


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