思いと想い (骨喰藤四郎)
私は、彼と出会ったときのことが、とても印象に残っている。
「僕には…記憶がない。記憶にあるのは炎だけ。炎が俺の何もかもを焼いたようだ」
彼がそう言った時の感情は、複雑すぎて想像する事は容易くないけれど、感覚的には、きっと、ただただ心細かったのだと思う。
その感覚を、私自身分からないわけではないのだから。
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ある昼下がり。
丁度3時のおやつの時間を回ったところで、中庭奥の畑の方へ目をやると、骨喰君が畑仕事していた。確か今日は鯰尾君と一緒だったはずなのだけれど…。
『骨喰君!』
「…あ。主殿」
『確か今日って…』
「鯰尾と一緒でした。…けど、なんか疲れちゃったみたいで、あそこで寝てます」
そう言って彼が指差した先の軒先には、柱にもたれて寝ている鯰尾君がいた。
それを見た私は苦笑いだけど、骨喰君は表情は変わらない。
『…休憩、しよっか』
「僕はまだ疲れてませんが…」
『ちょっとでいいから付き合ってよ。なんかおしゃべりしたくって』
「主殿がそう仰るのなら」
そう言って鯰尾君の隣に少し間隔を空けて骨喰君が座り、私はその反対の端に腰をかけた。
座ってからは適当な間持たせのような世間話した以外はほとんど風の音を聞いて過ごしていた。
流石の骨喰君もこの間にはソワソワするようだ。
そんな発見に笑みが零れつつ、初めて会った時から思っていた事を口にした。
『…骨喰君はさ、やっぱりまだ、記憶が欲しい?』
「…」
そう聞いた私を探るように、かつ、素直に驚く彼は目を丸くしている。
「それは…。そうですね、この胸に穴が空いた感覚は、どうも僕には来る」
『そっか…』
「…でも、どうしてそれを聞いたんです?」
今度は骨喰君から質問を投げられる。
『そうだな…。記憶ってさ、ここでも作れるなら、大きな意味を持たないんじゃないかなって』
「どう言う、事です」
『もちろん今までの記憶、もとい思い出が今の私を作ったのだから、大事だったんだとは思う。でもね』
そこで私は骨喰君の目を見て言う。
『私は“ここ”に来た時点で、元いたところでの記憶は、あまり意味をなさないって事、わかったの』
もちろん、歴史を遡っている彼らには、こんな生易しい感情ではないだろう。もっともっと想うことはあるだろう。それでも、私が今伝えたいのは。
『前の事は大事。でもね、それより今がもっともっと大事だと思うの。だから、怖がらないで。一緒に、思い出作ろう?』
「…は、い」
驚き戸惑いながらも、彼は私の言葉をしっかり聞いて、考えてくれる。本当に、いい人なのだと思う。そんな雰囲気が心地よかった。
「んっ…」
「あ」
『鯰尾君、おはよう』
「んおー、主殿、おはよう。なんかよく寝たなー」
そう言って伸びる鯰尾君を見て、私と骨喰君は笑い会うのだった。