個人戦・3
時間だからと言って、父ちゃんは名残惜しそうに帰ったいった。そして、いよいよ午後の部の開始である。三回戦からは団長さんたちも登場する。
名前を呼ばれて入場してきたのは、花燕騎士団の人と、赤熊騎士団の団長さん――シュタルクさんだ。
団長の登場ということもあって、今までよりも大きな歓声があがる。ブラウ兄ちゃんも前のめりになって闘技場を食い入るように見つめていた。
開始の合図と同時に、花燕騎士団の人が動いた。地面ギリギリをものすごいスピードで飛んで行く。スピードを活かし、そのまますれ違いざまに相手を攻撃するという戦法だ。しかし、それをシュタルクさんは余裕をもって避ける。
二回戦の相手である赤熊騎士団の人は、そのスピードになすすべもなく翻弄されていたというのに。
あんまりにもあっさりと避けるものだから、意外と簡単なのかなと思ってしまいそうになる。闘牛場のマタドールのように、相手を避ける度に観客から歓声がおこった。
そろそろ頃合いだろうと思ったのか、攻撃を避けてばかりいたシュタルクさんが反撃に出た。すれ違う瞬間、相手の腕を掴むと、その勢いを利用して相手を地面に叩きつけたのだ。
あまりの衝撃に花燕騎士団の人は起きあがれない。起きあがれないというか、あれ、気絶してない?
すると審判らしき人が走ってきて、花燕騎士団の人を確認。気絶という判定で、シュタルクさんの勝利となった。ブラウ兄ちゃんが嬉しそうに手を叩く。
するとシュタルクさんがこっちに向かって――まあ、目当てはブラウ兄ちゃんなんだろうけど――手を振った。
嬉しそうに手を振り返すブラウ兄ちゃん。きっとこの会場のどこかにいるであろう父ちゃんは、今頃、憎々しげにシュタルクさんを睨みつけていることだろう。
続いて登場したのは、メテオールさんである。相手は天獅子騎士団の人だ。これも危なげなくメテオールさんが勝利。フェル兄ちゃんが超ニコニコしてた。
その次は他の騎士団の人たち同士の試合が続いて、シルトパットさんの番となった。相手は赤熊騎士団の人だったが、こちらもシルトパットさんの勝利。
赤熊騎士団の人は、猛スピードで走るシルトパットさんにはね飛ばされていた。あの巨体が宙を舞うなんて……。ペレル兄ちゃんはなぜかドヤ顔。
そして、いよいよ団長さんの登場である。俺もせいいっぱい声をあげて応援した。そういえば、戦っている団長さんの姿を見るのは、これがはじめてかもしれない。
相手は水竜騎士団の人である。水竜騎士団の人は団長さんを囲むように大量の水の壁を生み出した。そのなかを自由自在に泳ぎ回る。水のなかには気泡が多く、太陽の光の反射もあって、水竜騎士団の人どこにいるのかよくわからない。
団長さんも相手を見失ってしまったのではないだろうか。一抹の不安が胸をかすめた時、水竜騎士団の人が攻撃を仕掛けた。
団長さんの死角から、剣を構えた水竜騎士団の人が鋭い攻撃を繰り出す。しかし、それは団長さんの剣によって、あっさりと受け止められてしまった。
一瞬、顔を顰めた水竜騎士団の人は、急いで水に戻ろうとする。そのまま水から引き摺り出してしまえばいいんじゃないかと思ったが、団長さんは動かなかった。どうするんだろう、とハラハラしながら見ていると、団長さんはなにを思ったのか剣を構え直した。
そして、「ハッ!」と気合いの入ったかけ声とともに、剣を振りおろす。すると、水の壁が真っ二つに割れた。そこから水中を泳ぎ回っていた水竜騎士団の人が、勢いを殺しきれずにポンッと飛び出す。
空中に飛び出た相手を、団長さんは冷静に蹴り飛ばした。そのまま闘技場の壁に激突し、水竜騎士団の人は気絶。彼が操っていた大量の水は地面に落下した。
ああ、団長さんや会場が水でぐしょぐしょじゃないか――と、その時、団長さんが水に濡れた前髪をかきあげながら、こちらを振り向いた。
バチッ、と目が合う。
その壮絶な色気に、背中が粟立った。アカン。これは子供が見ていいものではない。俺は顔を真っ赤にして、ふわふわもこもこのソファーに丸まった。おおお、心臓がドキドキしてうるさい!なにあの色気!反則だ反則!
うにゃん、うにゃん、と唸っていた俺を、使用人さんたちは微笑ましげに見ていたそうだ。ちなみに兄ちゃんたちは、色気のなんたるかをまだ理解していないようで、俺の態度に首を捻っていたらしい。
いやでも、あの色気は反則だから。
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