個人戦・1
翌日の個人戦は団長さんたちも出場するということで、俺たち兄弟は一緒に観戦することとなった。
昨日のような個室スペースに、屋敷から同行してきた使用人さんたちと、警備の騎士さんたちがうしろにずらりと並んでいる。
のどが渇いたかも、と思うよりも先に飲み物が提供されるという、至れり尽くせりの環境である。前々から思ってたけど、うちの使用人さんたちってクオリティー高すぎだよね。エスパーかよ。
「楽しみだね。誰が優勝するのかな」
「そりゃ、シュタルクに決まってるだろ」
ブラウ兄ちゃんが得意げな表情を浮かべ、胸をる。
「……メティだって負けない」
眠そうに瞼を擦っていたフェル兄ちゃんが、珍しくキリッとした顔で断言した。やっぱり、みんな婚約者(正式なものじゃないけど)を応援したいんだね。俺だって団長さんが優勝するって信じてるし。
「ペレル兄ちゃん、どうしたの?」
いつもなら会話に参加するペレル兄ちゃんが、なぜか闘技場をぼんやりとした眼差しで見つめていた。
ペレル兄ちゃんのことだから、誰が優勝するか依怙贔屓なしで分析していてもおかしくないのに。それを俺たちにわかりやすく教えてくれるまでが、一連の流れである。
「うん……。なんか、頭がボーッとして……」
「風邪でも引いた?」
そう言えば、今日のペレル兄ちゃんは朝から様子がおかしかった。熱はないみたいだけど、使用人さんたちによって念のためいつもより厚着をさせられている。
「昨日、図書館に行って疲れたんじゃないのか?」
「そういえば、興奮して気絶しちゃったんだっけ」
昨日、ペレル兄ちゃんは気を失ったまま、シルトパットさんによって運ばれて帰ってきた。はじめてみる膨大な蔵書に興奮して、倒れてしまったらしい。ペレル兄ちゃんらしいというか、なんというか……。
そのせいで、当初の目的だった国王にかんする書籍は探せなかったみたいだ。
「実は、あまりよく覚えていないんです……」
「興奮しすぎて記憶が飛んだんじゃねぇの?」
「そうなのかもしれませんが、いささか腑に落ちないんですよね。確かに王立図書館の蔵書は素晴らしいものでした。でも、気を失うほど興奮していた覚えはないんです」
訝しげな表情を浮かべたペレル兄ちゃんは、考え込むように俯いた。本人はそう思っていても、ペレル兄ちゃんの本狂いは相当なものである。興奮して気絶したと聞いても、俺は不思議に思わなかった。
「なにか忘れている気がするんです……」
「ふーん。大事なことだったら、そのうち思い出すんだろ」
「そうでしょうか」
いつもより元気のないペレル兄ちゃんを見ていると、闘技場にファンファーレが鳴り響いた。
ブラウ兄ちゃんは目を輝かせて身を乗り出し、フェル兄ちゃんもいつもの気怠げな表情ではなく、目をちゃんと開いて闘技場を見つめている。
ペレル兄ちゃんもこれからはじまる試合に意識を持って行かれているようで、先ほどまでの暗い雰囲気はいつの間にか薄れていた。うんうん。やっぱり、四人でわいわい言いながら観るのがいいよね。
「団長さんたちはシードなんだっけ?」
「ええ。各騎士団の団長は、三回戦からの参加と聞いています」
俺の質問に、ペレル兄ちゃんが丁寧に答えてくれた。三回戦かぁ。今は午前中だから、団長さんたちが出てくるのは午後になるのかな。
でも、個人戦は団体戦とは違った面白さがあると思うので、ほかの騎士団員さんたちの戦いも楽しみだ。
「俺たちも大きくなったら、試合に出られるかな?」
「俺は絶対にでるぞ!」
「個人戦に出場できるのは、騎士団のなかでも上位にいる人たちだけですよ。ものすごく強くなる必要があります」
それもそっか。団体戦に出るよりも、個人戦に出るほうが難しそうだ。でも、やっぱりいつか俺も出場してみたいなぁ。
闘技場には、一回戦第一試合を戦う騎士団の二人が登場した。甲冑が光りを浴びて、キラキラと輝いて見える。
団体戦よりも人数は圧倒的に少ないのに、闘技場に立つ二人はそれに見劣りしないくらいの存在感を放っていた。
さあ、いよいよ試合開始だ――。
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