王立図書館・3〈ペレルクルーク〉


 その笑みが驚くほど父・レーヴェローゼに似ていて、ペレルクルークは戸惑った。ヴァイスリーリエから国王の容姿については聞いていたが、見れば見るほど父親に似ている。他人の空似とは思えない。

「では、教えていただけますか。なぜ、国王について子供には秘されているのか」

 ペレルクルークの質問に、国王は昔話を語るような口調で話しはじめた。

「むかし、むかしの話だよ。この国は魔獣の侵攻によって苦しめられていました。そこに一人の不思議な能力を持った青年が現れました。青年は未来を透視できる能力を持っていたのです。魔獣の侵攻を事前に察知できるようになった国は、滅亡の危機から逃れることができました。でも、その不思議な能力を持つのは青年だけ。彼が死んでしまえば、またこの国は滅亡の危機に瀕してしまいます。青年がやがて老人となった時、彼は言いました。“この能力を引き継ぎましょう。でも、それには代償があります。種族の特徴を失い、力のすべてを奪われ、そして――あなたがあなたであることを忘れてしまうのです”。その時、声をあげたのは、この国でもっとも強い力を持った、赤熊族の男でした。男は言いました。“この国を守るために、持てるすべを捧げましょう”。こうして男は老人から不思議な能力を受け継ぎました。すべてを失ってしまった男でしたが、なぜか彼は能力の使い方と、この国を守らなければという強い思いを持っていました。己のすべてを犠牲にした男に感謝した国民は、男を国王として崇めることにしました。そして、その能力はだいだい、男のように強い力を持つ者に受け継がれることとなったのです――」

 穏やかな口調で語り終えた国王は、硬直しているペレルクルークを見てにっこりと微笑んだ。その物語にはペレルクルークの知りたいことがすべて詰め込まれていた。

「……子供に秘密にしていたのは」

「国王の必然性は、国民なら誰もが理解している。でも、年端もいかない子供はその限りじゃあない。父親や母親が自分のことを忘れてしまう――別人になってしまうと知っていたら、嫌だと言って泣き叫ぶだろう?多感な時期に、その負の感情を整理できない子供は衰弱して死んでしまう場合がある。国王の候補になりえる者たちは、なるべく子供を作らないようにしているけれど、それでも万全ではない。それに父母ではなく、親しい相手が国王となってしまった時も、その悲劇は起きるかもしれない。だから子供たちには国王の選定方法については秘されているんだよ。もしも父母や親しい相手が国王に選ばれた時は、遠い場所に行くから大人になるまでは会えない、と説明を受ける。非情かもしれないが、この国にとって国王はなくてはならない存在なんだ」

 そんな、とペレルクルークは呟いた。

 子供に秘されていると聞いた時、それがあまりよい話ではないだろうことは想像がついていた。だからまず自分がすべてを知ったうえで、兄弟たちに教えていいものかどうか吟味しようと、そう思っていた。

 こんなこと、大切な兄弟たちに言えるわけがない。大好きな父と母が、もしかしたら自分たちを忘れてしまうかもしれないだなんて――。

「ふふふ。大丈夫だよ。公平性を保つためにね、同じ種族から立て続けに国王は選ばれないことになってる。私は天獅子族だったから、とうぶん天獅子族から国王は選ばれない。君のお父さんやお母さん、それに兄弟たちも選ばれることはないよ」

「もしかして、陛下は父の……」

「うん。じつの兄だったらしいね」

 だからこれほどまでに似ているのか、とペレルクルークは納得した。父は大切な兄を失ったことがあるのかと思うと、悲しみが込みあげてきた。

 その話を聞くだけがこれほど悲しいのだ。もしも自分の身近な者が国王となってしまったら――そう思うだけで胸が張り裂けそうになる。

 しかし、ペレルクルークはそこである可能性に気づいた。気づいてしまった。

 レーヴェローゼには妻も、子供たちもいる。だが、父と同世代の三人、シルトパットやシュタルク、クルス・ディアンは未婚だ。当然、子供もいない。国王候補になりえる者たちは、なるべく子供を作らないようにしている――その言葉が、脳裏をぐるぐる回った。

「シルトは……シルトは、国王候補なのですか?」

 震える声で訊ねれば、シルトパットは悲しげに微笑むだけだった。それで答えが理解できてしまう。彼もまた、国王候補の一人なのだ。そして、シュタルクやクルス・ディアンも。

「嫌です!」

 たまらずにペレルクルークは叫んでいた。シルトパットが自分を忘れてしまうなんて、まったく違う人になってしまうなんて――。

 頭では理解できる。でも、悲しくて悲しくて、感情を制御することができない。目からは涙が溢れて、頬を伝って床にこぼれ落ちる。

「だから子供には秘密なんだよ」

 ふわりと、体を包み込むような暖かさが広がった。国王に抱き締められていると気づいた時、ペレルクルークは自分のすぐそばに赤い目をした人物が立っていることに気づいた。フードを被っているせいか、容姿まではわからない。

「忘れるんだ、ペレルクルーク。ここで見聞きしたことのすべてを。いくら頭がよくても、君の心はまだ子供なんだから――」

 まるで子守歌のように紡がれる言葉に抗えず、ペレルクルークは瞼をゆっくりと閉じる。フードの人物の目がよりいっそう赤みを帯びた気がした。そこでペレルクルークの意識は、ぷつんと切れた――。






「陛下。なぜペレルに話したのですか」

「もう、シルトパットったらそんなに怖い顔をしないでよ。ちゃんと暗示をかけて、忘れさせたでしょう?」

「でしたら、わざわざ本当のことを告げなくても――」

「その方が、忌避感が強くなって思い出す可能性が低くなると思ったんだよ。蝙蝠族のなかでももっとも暗示に長けている者を連れてきたけど、完璧ではないからね」

「蝙蝠族の力の使用は禁じられているのでは?」

「国王の許可があれば別だよ。だからそんなに睨まないの。彼、怯えて硬直してるじゃないか。それよりも、ペレルクルークはここでのことを忘れているから、起きたあとの口裏合わせはよろしくね。少しでもおかしなことがあれば、勘のいいこの子のことだ、なにかしら気づいてしまうかもしれないよ」

「……承りました」


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