じいちゃんと
柱の陰から、じいちゃんがいる広間をこっそりのぞく。誰もいないが、なんとなく別の部屋に気配があるんだよね。
出て行ってすぐに見つかってしまったら、ここまで頑張ってきた意味がない。同じことを思っているのか、兄ちゃんたちも体を小さくしたまま微動だにしなかった。
『――隠れんぼをしてないで、そろそろ出てきたらどうだ?』
ふいに、頭にちょくせつ声が響いた。
いきなりだったからびっくりしちゃったよ。どうやら、じいちゃんには俺たちの気配はバレバレだったらしい。頭に響いた声はどこか楽しげで、俺たちはほっとしながら広間に駆け込んだ。
『おやおや、お前たちだけで来たのかい?付き人はどうした?』
「俺たちだけで来た。すごいだろ!」
胸を張ったブラウ兄ちゃんが、得意げに告げる。うん。やっぱり、頭に響くじいちゃんの声はちっとも怒っていない。
『勇ましい子らだな。レーヴェローゼが遠征に出ていなければ、大変なことになっただろうに』
だよね。俺が攫われた時なんて、部隊を動かそうとしたほどだもん。でも、父ちゃんがいたら、きっと脱走は失敗に終わっていただろうな。お家にいる時は、常に俺たちの傍を離れないしね。
「今日は長様に訊ねたいことがあってまいりました」
『ふむ。ペレルクルークよ。おぬしも気軽に“じいちゃん”と呼んでいいのだぞ』
「……では、おじいさまと呼ぶことにします」
ペレル兄ちゃんがちょっと恥ずかしげに告げる。じいちゃんが満足そうに笑う声が、頭に響いた。
『それで、わざわざわしになにを訊きにきたんだ?』
「国王陛下のことです。国王はどうやって選ばれるのでしょう?」
『……なぜ、そんなことを訊く?』
「不思議に思ったのです。我が家の書庫にも、国王に関係する書物が極端に少なすぎる。普通ならば自国のことです。ある程度の書物は揃えられてしかるべきではありませんか?まるで、わざと隠しているように思えます」
本当に、ペレル兄ちゃんは俺と同い年なんだろうか。前世の記憶がある俺の方が精神年齢は高いはずなのに、同じ言葉を喋れと言われても俺は絶対むりである。
なんでそんなに小難しい言葉を知ってるんだろう?母ちゃんのお腹の中で、一足先に勉強していたわけじゃないよね?
『ペレルクルークよ。お前は聡い子だな。ならば、なぜ大人たちがそれを隠しているのか、わかるのではないか?』
「子供には聞かせられないお話なのでしょうか?」
まあ、当然そうなるよね。でも、どうして子供に聞かせられないのだろう。まさか殺し合って勝った者が国王になるとか?
でも、より戦力が求められる現状下で、実力者たちの命を粗末にするとは思えない。そうなると、戦って勝った者が国王に選ばれるというだけなら、子供に話せない理由にはならないよなぁ……。
それとも隠された一族がいるとか?……いや、それでもやっぱり、子供には話せない理由にはなんないか。
『いずれわかるだろう』
「あのね、じいちゃん。国王様ってね、父ちゃんにそっくりなんだよ。でも、天獅子族じゃなかった。国王様はどの種族なの?」
団長さんみたいに、見た目だけじゃわからない種族もいる。天獅子族は足に羽があるからすぐにわかるんだけどな。
『ヴァイスリーリエは国王に会ったのか……』
「うん。変な人だった」
『ふふふ。そうだな。アレは、昔からとぼけたようなところがあった』
「じいちゃんは国王様を知ってるの?」
『……ああ。よく知っているとも』
悲しい声だった。
どうして、と訊きたかったけれど、俺はなにも言えなかった。訊いてはいけないような気がして、黙っているしかできなかった。
それは兄ちゃんたちも同じだったらしい。困惑しながらも、黙って水晶の中のじいちゃんを見あげる。
なぜ、子供に教えてはくれないのか。
それはたぶん、よくないことだからなのだろう。
「やだなぁ……」
俺は誰にも聞こえないように、そっと呟いた。なんか、嫌だ。怖い。嫌な予感が膨れあがって、俺は無性に団長さんに会いたくなった。
あの大きな手で、撫でてほしい。それだけで安心できるのに――。
結局、俺たちはすぐ母ちゃん率いる使用人さんたちに見つかってしまった。
実は部屋から脱走する姿を、使用人さんたちに見られていたらしい。母ちゃんの命令で、数名の使用人さんたちが尾行していたそうだ。ぜんぜん気がつかなかった……。
「おちびさんたち。冒険は楽しかったかしら?」と、母ちゃんに笑われたけど、そのあとでしっかりと叱られてしまった。
結局、国王様についてなんにも訊けなかった。いずれわかるなら、もういいかなって気持ちになっている。ペレル兄ちゃんは調べる気満々なんだけどねー。
あーあ、早く団長さんが帰って来ないかなぁ。あと、父ちゃんもね!
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