魔獣とは。
肉が美味い。
やはり肉は偉大だ。どんな時、どんな場所でも安定の美味しさを誇っている。なんか生まれ変わってから、肉が無性に美味しく感じられるんだよな。野菜も食べるけど、やっぱり肉だよ、肉。
口内にじゅわっと溢れ出す肉汁を堪能しながら、俺はただひたすら空腹を満たすことだけに集中していた。
「ふふふ。婚約者殿、そんなに焦らずともたくさんあるぞ」
「んんー、んっ、んんんー」
パンパンに膨らんだ頬を指で突くのは止めていただきたい。蕩けるような眼差しで俺を見る団長さんは、なんかもう当然のように俺の給仕中である。最近、ようやくフォークやスプーンを使って零さずに食べられるようになったのに。
俺を膝に乗せ、食べやすい大きさに切った肉をせっせと口元に運んでくれる。団長さんと一緒にいられるのは嬉しいけど、このままじゃあ永遠に自立できないような……。
「ねぇ、団長さん。遠征はまだ終わんないの?」
お腹いっぱいになった俺は、お茶を飲みながら団長さんを見上げた。空になった料理の皿は下げられ、さっきまでいた侍従さんたちの姿もない。
きらびやかな客室に、俺と団長さんは二人きり。父ちゃんが見たら、「婿入り前なのに!」と騒ぎ出しそうな光景だ。婿入り前ってなんなのさ。
「そうだな……。魔獣の湧き具合にもよるが、あとひと月は掛かるだろう」
「そんなに?」
「すまないな、婚約者殿」
「ごめんなさい。怒ってるわけじゃなくて、早く前みたいに会いたいなって思ってただけだから。お仕事の方が大事なのはわかってるよ」
うーん、これじゃあ「仕事と私、どっちが大事なのよ!」と言ってるようなものだ。でもなぁ、やっぱり寂しいんだよ。俺は団長さんのお腹にしがみついた。……腹筋バッキバキですね。
「あのね、時間が掛かってもいいから、怪我だけはしないでね」
早く遠征を終わらせようとしたばっかりに、怪我なんてしちゃったら元も子もない。時間は掛かってもいいから、元気な姿を見せてほしかった。
「団長さん?」
返答がないので団長さんを見上げれば、なぜか彼は片手で瞼を覆って天井を仰いでいた。なにしてんの?
「いや、すまない。感動のあまり、上手く言葉が出て来なかっただけだ」
「ふーん?」
どこに感動する要素があったんだろう。首を傾げていると、団長さんの大きな手が俺の頭を優しく撫でた。
「無事に婚約者殿のもとへ帰ってくると約束しよう」
「うん。俺、待ってるね」
そうと決まれば、団長さんにたくさん甘えようじゃないか。どうせすぐに団長さんは、最前線に戻っちゃうわけだし。俺は団長さんにひしっと抱きつきながら、頭を腹筋にぐりぐり押しつけた。くそう、なんだこの反発力は。
「あ、そうだ。ねえ、団長さん。魔獣ってどんなの?」
「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い……ん?魔獣がどうしたんだ?」
「魔獣って見たことないから、どんな外見なのかなって。絵本に描いてあった魔獣は、真っ黒で大きかった」
そうそう、この世界には子供用の絵本があるんだよ。俺とブラウ兄ちゃん、フェル兄ちゃんは母ちゃんが読み聞かせてくれる絵本に夢中なんだけど、ペレル兄ちゃんは絵本よりも歴史書が好きだから、それを読み聞かせてほしいと母ちゃんによく頼んでる。
あんなの聞いてたら、フェル兄ちゃんじゃないけど眠くなっちゃうよ。
そういう絵本に登場する魔獣は、だいたい真っ黒くて大きい。蛇っぽい形をしていたり、ゴリラっぽい形をしていたり、実に千差万別だ。
「そうだな……。見た目は色々だ。以前、討伐した魔獣と同じ種族もいれば、長年、遠征に出ている者でもはじめて見るような魔獣もいる。私たちが目にしているのは、全体の一割程度だと言われているほどだ」
「そんなにいるんだ」
「ああ。普段はここから遠い場所で暮らしているが、たまに一部の魔獣がこちらの生活圏に入ってきてしまうんだ。あれらは私たちのように知能がないから、見たものすべてを食らい尽くさずにはいられない。だから討伐する必要があるんだ」
「どうして、入ってきちゃうの?」
「繁殖期に合わせ、食料を求めにやってくるのではないかとも言われているが、増えすぎた個体が生存競争に負け、縄張りを追われてこちらに逃げてきたのではないかとも言われている。調べる方法がないからな。わからないというのが実情だ」
自然災害みたいなもんなのかな。だから騎士団が創設されたのかもしれない。
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